断行

なんのつもりだろうか。
肩を掴むがっしりとした腕に手をかけ、ヒサナは鬼灯を見上げる。
対する鬼灯は重力に髪をたらし、真っ直ぐにヒサナを見下ろしていた。

「鬼…灯様?」

喉を圧迫された恐怖が蘇り、目の前の鬼の名を呼ぶ声が上擦る。
しかし鬼灯の手は肩を寝台に押し付けてはいるが、今回は特に痛みも感じない。
それでも、ヒサナが身を動かそうにもびくともしない力で固定されている。

「ヒサナ」

僅かに首を傾げて問う鬼灯の顔は、この上ない優しさを含んでいた。

「何故倒れたか、わかっていますか?」

問いかけると言うよりは、諭すように。
ヒサナは鬼灯から視線を反らし彼の背後に見える天井を眺めて考えたが、思い当たる節もない。

「いえ、鬼灯様は…知ってるんですか」
「眩むのはいつから」
「えー…わかりません。今朝、かな?」
「何回」
「一々数えてないですよ」
「数回あったのは確かという訳ですね」

何故早く話さなかったと、鬼灯は眉根を寄せた。
思えば、ヒサナの最近の異常な眠気も気絶に近いのだとしたら。
元々伴っていた睡魔と混同し、気づかなかったのかもしれない。

「怨念が足りてないんですよヒサナ。だから眠るし倒れるんです」

死にかけてるんですよ貴女。

伸ばした腕を突っ張ったまま、鬼灯はヒサナにそう告げた。
ヒサナは自覚症状なんて全くないので、まさかと乾いた笑い声をあげた。

「ははっ…まさかそんな」
「貴女、食欲落ちてからどれだけ食べてないんですか」
「た…食べてます」
「嘘ついても仕方ありませんよ」
「嘘じゃないです。そりゃ食べる量は激減してるかもしれませんが、私が食べないと鬼灯様が危ないので食べるようには……あ、まさか…っ!」

ヒサナも還っていないことで鬼灯が消化できていない事、即ち自身も食事できていない事をやっと悟った様子だった。
自分も気付かなかったが、ヒサナは自身が補給出来ていないこともわからないほど、食欲が落ちているという事は鬼灯にも理解できた。

「ねぇヒサナさん。還れない貴女の補給手段は、他に何があると思いますか」

未だ真っ直ぐに鬼灯の目はヒサナの瞳をとらえており、ヒサナは恥ずかしさにそれから顔をそらした。

「…鬼灯様の中に還れないんだったら?」

さっきの口付けは、本当に還れないかどうかの最終確認だったのだろうか。
それで『最後のチャンス』だったのかと、ヒサナは納得した。

「霊場で食べるとか、他の人に分けてもらうとか?」

鬼灯に憑く前は、人の纏う怨気に寄せられ食べていた。
そう話したが、鬼灯は髪を揺らし左右にゆっくりと首を振る。

「ヒサナは私の鬼火ですので、もう私以外の物は受け付けられないそうですよ」

白澤が話していたという内容を簡単に聞き、確かに他の物を食べたいという気持ちは無くなったとヒサナは感じた。
なら、唯一の補給元である鬼灯の怨念をどう食べればいいのか。

「えっ…と?私は鬼灯様の怨念しか食べられない。だけど還れないから食べられない」
「はい」
「食べないと私は…じゃあ…どうしたらいいんでしょうか」

確かに最近の眠気は尋常ではない。
いくら寝ても収まらず、寝まいと思っても気付いたら寝ていた。
あの目眩も気持ち悪い。

死にかけている。

その言葉にヒサナは自らが置かれている状態に戸惑い、鬼灯の腕を掴む手に力が加わった。
その力の変化に、鬼灯は僅かに目を細めてヒサナを見た。

「ヒサナ、房中術ってわかりますか」
「防虫?虫?」
「言うと思いましたけど。厨房の房に中の術で房中術」
「房中術…?」
「わかってませんね。貴女私の記憶を思い返せば、少しはわかるでしょう。…房は部屋の意、この部屋が指すのは胎内…あぁ、体内とか言い出しそうですねヒサナ。これは子宮のことですよ」
「はっ?!」

あまり異性からは聞きたくない単語を耳にして、ヒサナは驚きの声をあげる。
そんな単語が、鬼灯の口から聞かされるとは思っても見なかった。
そして思い返せと言われ、離れたことで大分うろ覚えになりつつある鬼灯の記憶を辿る。
房中術。
知ってるような知らないような、曖昧な記憶しかないが確かに鬼灯の知識の中にうろ覚え程度に残っていた。

「えっと…気を整えたり、やり取りできるという中国の気功ってことしか」
「それですよ。肝心の手段はおわかりですか?」
「覚えてませんけど、嫌な考えしか」
「嫌とか言わないで下さいよ。要するに貴女を抱かせて下さい。それでヒサナは生きられます」
「無理です!無理です!!」

なんて事を言い出すのか。
子宮という単語に嫌な予感はしていたが、それじゃお願いしますとはとても言えるような手段ではなかった。

「だってそれってちょ…直接…」
「しますね」

房中術とは簡単に言えば、男女が交わりそこで直接気のやり取りをするというもの。
この押し倒されている体勢にも納得がいき、ヒサナは渾身の力を持ってして足をばたつかせるが、鬼灯が上に体重をかけない程度に股がっているので抜け出ることも叶わない。

「あのねぇヒサナさん」

変わらぬ力加減のまま、ヒサナの抵抗を物ともせず鬼灯はヒサナに顔を寄せる。

「一応同意が得られればと思って聞きましたが、」
「同意なんてそんなはいそうですかって出来ない!」
「この方法しかヒサナを助ける手段は無いんですよ」

あぁ駄目だ聞く耳は既に持っていない。
この状態の鬼灯には心当たりがある。
やると決めたことは、成し遂げる鬼だ。
抵抗にと、片腕を鬼灯の髪を掴もうと伸ばすが、簡単に片手で手首を捕らえられた。
鬼灯は残る片腕で肩を押さえているだけだというのに、それでも体は動かない。

「言ったでしょう」

突っ張っていた肘をおり、鬼灯の顔が更に近付いた。
黒い横髪が頬を掠める。
顔を真っ赤にさせてヒサナは顔をそらした。

「どんな方法になろうと、貴女を繋ぎ留めておく為なら手段は問わないと」

つまり鬼灯の腹は既に決まっていると。
ヒサナの同意が無くても、事を成すと。
ヒサナはとんでもないと首を降るが、鬼灯は変わらぬ瞳でヒサナを見るだけ。

「死にたいんですか?」
「死にたく…は」
「なら試してみませんか」
「試すにしては事の重大さが…っ」

男女の交わりをもつなんて考えたこともない。
面と向かって言われ、今すぐにでも叶うなら逃げ出したいヒサナは未だ鬼灯を見れずにいる。

「私では嫌ですか。私の気持ちに応えてくれたのは偽りでしたか」
「嫌とか、そういう問題じゃ…」

声が僅かに低くなったので、鬼灯が機嫌を損ねてきているのはすぐにわかった。
だからと言って、受け入れる準備を直ぐにできるものなのだろうか。
ヒサナには無理だった。

「どうしても嫌ですか」
「嫌とかじゃなくて、無理なんです!」
「嫌も無理も私にとっては拒絶にかわりありませんよ」

押し倒した時点で無理矢理事を進めることも出来たのに、それをしないでかなり強引であれどヒサナの意思を引き出そうとしてくれている鬼灯の気遣いはわかる。
手段はこれしかないのだから、やることは決定事項だが同意してもらえたら。
鬼灯の優しさに胸が痛むが、それでも無理なものは無理だった。

「…まぁ、素直に聞いてもらえるとは、思いませんでしたけど…ね」

小さな溜め息が聞こえたかと思えば、鬼灯の声が僅かに離れたのが感じ取れたのでヒサナも恐る恐る視線を彼へと戻す。

「私はヒサナを死なせる気は微塵もありませんよ」

まただ。
怒っているわけでもなく、鬼灯の鋭い表情はいつもの物と変わらない。
そんな顔で見下ろされ、間抜けた声がヒサナから漏れる。
鬼灯は掴んでいたヒサナの腕を離し、その手で彼女が暴れたことで僅かに顔にかかった髪を横へと流しながら頬に添えた。

やはり自分と変わらないヒサナの体温に、僅かに顔をしかめる。

鬼灯だって何も好きで迫っている訳ではない。
ヒサナの気持ちを尊重して待ってやりたかったし、こんな状況であってもほしくなかった。
好いた女であれば尚更、もっと大事にしてあげたかった。

それでも今成さなければ彼女が助からないことも、鬼灯は十二分にわかっている。
だからこそ、普段通り心を鬼にして彼女を前にしたのだ。
退くという選択は、疾うに選択肢には無いのだから。

「ほ…ずきさま…?」

眼前で瞳を揺らし、震える声で名を呼ぶ恋人に自嘲しそうになる。
こんなに怖がらせて、いっそ薬もなしの状態で冷静さを欠いて抱いてしまった方が、気が楽だったのではないだろうか。
しかしあのヒサナを欲しがる自分に、ヒサナは任せられない。
いつもの万全な自分だったら、怨念も整って、ヒサナも普通に側に居る状態だったら、もっと上手く事を運べただろうか。

考えても仕方がないかと、結局鬼灯は僅かに自嘲する。
今のヒサナにとっては、こちらのどんな考えも理解できず無意味であろうと。

「どうぞ、怨むなら怨んで下さいよ」

先程も言った通りだ。
ヒサナを救う為だというなら、手段はいとわない。
嫌われても、ヒサナを救えるのが自分だけだというのなら、腹も括ろう。

普段通りの、何が最善であるか見極める冷徹な鬼であれと。

「譲歩は試みました。後は聞きませんよ」

鬼灯の言葉にぞわりとした身の危険を感じ、ヒサナは逃れるため無我夢中で鬼火を展開させようとした。

「な…んっ」

しかしそれは鬼灯に口付けられたことで集中を削がれ、上手く出せなかった。
苦しさに顔を背けようにも頬に手を添えられ逃れられず、鬼灯に深められるままにするしかなかった。

「…はぁ…っな!」
「はぁ、馬鹿ですか貴女、死にたいんですか!」
「だって…!」
「だっても何も聞きません。これでわかったでしょう。還れない今、手段はこれしかありません。いい加減腹を括ってください」

自身にも再度言い聞かせるつもりで、鬼灯は言葉を声にする。
ヒサナは首を振ってまた無理だと告げるが、鬼灯はそれを無言で返した。

どうしたらいい。

ヒサナは混乱する頭で考えるが、鬼灯から逃げられない今どうしようもない。
酸欠の為か、鬼火を出そうとした為か、再びぐらぐらする頭に顔をしかめれば鬼灯が労るように髪を撫でてきた。

「ほらご覧なさい。そんな状態でいつまで持ちますか」
「何か、他の方法が…っ」
「生憎私も知識の神も、もうこれしか手がありません。まぁ、ご自身の事ですし、何か方法が思い付いたら途中でも構いませんので教えてくださいよ」

額に、鬼灯に軽く口付けを落とされる。
優しいものだったが、その一挙一動に未知の恐怖しか感じない。
拒絶を示す為に彼の胸に伸ばした腕は、目に見えるほど震えていた。

「まぁ房中術の方法でもありますし、無理はしませんから」

無理だと言っている物の何が無理をしないのか。
勝手に涙が出てくる。
もう声は出なかった。

「委ねてみて下さいよ」

無理だと言ってるのに、それでも鬼灯は私を死なせる気はないらしい。
その気持ちはすごく嬉しい。
だからと言って、これしか方法は本当にないのか。

「射れる前に承諾していただけると、嬉しいのですが…ね」

鬼灯がヒサナの耳に顔を寄せて囁くので、彼の吐息をこんなに近くで感じたのも初めてだった。

20150208

※注意!
次は裏描写になります。
飛ばしても話が繋がるようにはしますので、そういった行為が苦手な方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮願います。
どんなものでも大丈夫だという方のみでお願い致します。

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