信を置く

ガツンゴツンと床にあたり大きな音をたてて、鬼灯の手からバラバラと南京錠だった金属片が落ちる。

その響きを耳にしながら、何が起きたのかわからず、ヒサナは睡魔を片隅に追いやったことで空けた頭で状況を考える。
怪力揃いの鬼が住まう地獄の鍵は、そう簡単に鬼も素手では壊せないよう強固に作られていたはずだ。
そして確かに、自分は小判と話していたはずだ。
現に小判は苦しそうに、首もとをガッチリと鬼灯の手により捉えられている。
さっきまでの相手は小判で間違いない。
なのにどうして、彼が一緒に居るのか。
鬼灯はヒサナが何を気にしているのか察している様子でその掴み上げた手を軽々と口先へ移動させると、何事か耳打ちした直後に絶妙な力加減で小判の首をきゅっと締めた。

「こっ…こうやって話してたことに気付かなかったかにゃ…ぐえ」

自分で話してはいるが腹話術人形のように口を働かせる小判は、どうやら鬼灯の代わりに会話を行っていたようだ。
と言うことは質問はどこからか鬼灯からのものであり、聞かれてしまっているのは明白。
外の気配を探るのを止めたのが仇となってしまったことに、内心小さな舌打ちをする。
探ったままでいれば鬼灯が来たことなど、容易に気付けただろうに。
一体いつから、なんて考える必要もない。
彼は確実にヒサナが気を張るのをやめたのを感じ取って、直後小判を捕獲したに違いない。
鬼灯は、ヒサナを睨み付けたまま薄い唇を開いた。

「何をしているんですか?」
「…」
「こんな奥の倉庫までお一人で」
「…」
「黙秘権はありません、答えてもらいますよ。どうしてこんなところに居るのか。…出られるだろうヒサナ…!」

更に低さを増した声で威圧され、ヒサナは僅かにたじろぐ。
扉の前に立ちふさがったまま微動だにしない目の前の鬼神は、相当お怒りのようだ。

「小判さんを囲んでた鬼火は?」
「戻しましたよ、あれは私のでもありますから。ご馳走さまです」
「お仕事はもう終わったんですか?」
「話をそらすな」

咎めるように声を張られ、ビクッと体が跳ねる。
出ないと決めた時点で知られた場合にこうなることは予測済みだが、怖いものは怖い。
何と言い訳をすれば良いか、聞かれてしまった手前必死に考えるが鬼灯は待ってくれず、腕を下げても小判を解放しないまま続けた。

「何なんです?こんな場所に閉じ込められるタマではないでしょう。何故出てこない。鬼火避けの護符でも貼ってありましたか?無いですよねぇ」
「考える場所が欲しかったからここに居た…ではだめですか」
「私の部屋ではダメですか。部屋へ戻れと言った筈ですよ」
「それはちょっと散策してみたくなって」
「自分で入ったなんて言わせませんよ。鍵がここに転がっていようとも、内側から錠前は絶対にかけられません」
「それは…」
「…誰がやった」

一歩一歩、迷わず足早に近づいて来るので、ヒサナはなんだか怖くなって後ずさるが距離は詰められる一方。
堪らず振り返り、逃げ場もないのに倉庫の奥へと駆け出すが、同時に敵に背を見せてはいけないと頭の警報が瞬時に強まった。
大きく鬼灯も足を踏み出したことで、空いたもう片方の手で意図も簡単にヒサナの肩の着物を捕らえると直ぐ様その手を強く引く。
ぐるりと反転し引き寄せられれば、そのままヒサナは襟ごと掴まれ鬼灯の眼前に無理矢理顔を寄せられた。

「誰にやられた、と聞いてるんです」
「と…閉じ込められたのは事実かもしれませんが、甘んじて出てこなかったのは私です。だから…」
「出てこない会いたくない云々は後です。まず鍵をかけた奴を教えろと言ってるんですよ。出来れば貴女の口から…まぁ無理でしたら、この化け猫のカメラを頼りに探します。…誰でしょうねぇ、あの6人の女達は」

鬼灯の目が細められ、小判が握りしめているカメラに目をやった。
ヒサナが把握していない人数まで、どうして鬼灯は言い当てられるのか。
それは、既に画像に目を通した事を意味しており、ヒサナの抵抗は何の意味も持たないという結論にしかたどりつけない。
ヒサナは目を見開き、鬼灯の道服に手をかけた。

「知ってるんじゃないですか…!お願いです手は出さないで下さい」
「…何故庇うんです?」
「閉じ込められても簡単に脱出できました。なのに出ないと判断したのは私です。事を大きくしたのは私ですから彼女達は何も悪くありません」

それを聞いた鬼灯は小さく鼻で笑うと、グッとヒサナを掴み上げた腕に力を込めて更に引き寄せる。
着物が肩口から襟にかけて引き上げられているので既に吊られてつま先立ち状態の上に、鬼灯が少しかがむので額同士があたり、目がそらせない。

「何も?それは違います。大切な人に手を出されて黙っていろと、貴女はそうおっしゃるんですか」

普段だったら、その言葉に赤面して慌てふためいていたかもしれない。
しかし何故だか今は、その言葉も響かずヒサナは苦し気に顔を歪ませると、道服を掴んでいた手を突っぱねた。

「大切ってなんでですか…」
「…は?」
「私が、鬼火だからじゃないんですか?」

聞いてはいけない内容だろうことは、ヒサナもそこまで愚かではないのでわかっている。
だが、このままではまたきっと同じことを繰り返す。
ならモヤモヤしていても仕方がないと、ヒサナは意味を成さない抵抗を続けたまま口にした。

「私が…鬼火が居なくなったら困るからじゃないんですか?」
「…どういう意味ですか」
「私が居なくなったら怨念に呑まれるからです。私を失いたくないから側にいて貰いたいと言う感情を、恋だと錯覚なさっていませんか」

ヒサナの震えた声が倉庫内で反響し終えると、静寂が辺りを包み込んだ。
小判も息を飲んで行方を見守る中、ヒサナが鬼灯を真っ直ぐに見つめていれば、鬼灯も彼女に視線を返す。
しばらくして先に口を開いたのは鬼灯だった。

「どうしてそう思うんですか」
「…」
「ヒサナさんは、そう考えていた訳ですか」
「…そう考えてみるしか…わかるわけ、ないじゃないですか…っ。もうぐちゃぐちゃで何がなんなのか全然わかりません。私がわかるのは、ヒトの怨念だけですから」

散々、考えた。
自分だけでは見出だせず、他人の意見も参考にするしかなかった。
彼女等の考えが世間一般だと言うのなら、可能性が頭を過らないわけがなかった。
鬼火として必要とされるならばそれはそれで本望だ。自分は鬼火なのだから。
だがそれだけで納得できないこのモヤモヤは何なのか。
溢れそうな涙でヒサナの視界が歪む。
怨念しか知らない自分に、誰かの気持ちなんてわかるわけがない。

「…色々一気に事が起こりすぎましたかね」

ため息混じりの声と共に襟元が緩んだかと思うと、鬼灯の手が背中に回されぎゅうと抱き締められた。
力加減がなされていてもまだ不馴れな腕に絞められる苦しさに、胸の苦しさも相まってポロポロとヒサナの目から涙が零れる。

「あの女達ですか」
「え…?」
「ヒサナさんに余計なことを吹き込んだのは、あの女達なんですよね」
「そうだけど…それだけじゃない…っ」

確かにきっかけではあっただろうが、そう判断したのは自分だからと首をふる。
鬼灯が好きだといってくれて嬉しかった。
しかしその好きとはなんなのか。自分はそれにこんな気持ちのまま応えてもいいのか。

「馬鹿ですねぇ」
「馬鹿って…!」
「馬鹿ですよ。馬鹿で愚かでどうしようもない」
「どうせ私は…っ」
「鬼火だけ必要ならヒサナさんを現化させるわけないじゃないですか。むしろ面倒臭いやりとりなんて時間の無駄ですから意地でも二度と鬼火を体内から出しませんよ」

私の性分を考えてごらんなさいと首を傾げて問われ、瞬きを数回繰り返す。
なんて言われるのかと思っていたが、なんてしっくり来るのだろうと鬼灯の言葉はスッとヒサナの胸に降りた。
あまりに答えあわせも簡単すぎる為に、拍子抜けするほどである。

「…無駄って…酷い言い様ですね」
「無駄ではないから、現化もさせますし話もしてるでしょう。前にも言いましたが中に居てほしいんじゃないんです。側に…隣に、ヒサナさんには居ていただきたい」

忘れていた。
そう言えばそんなことを言われていたし、鬼灯の性格を考えれば只でさえ自身も疲労を伴う鬼火の現化なんぞ興味がないなら相手にせず、勝手に現化しようものなら問答無用で強制送還させられそうだ。
それが成されていないと言うことは、そういうことなのだろう。

頬を寄せられ、体が更に密着する。
その暖かさに、ヒサナはじんわりと心がほころぶような感覚に言葉をつまらせ、鬼灯の腕の中に顔を埋めた。

「どこの誰にどう言われたのか知りませんが、私よりそいつの言葉を鵜呑みにされるのは非常に心外です。不愉快極まりない」
「ごめ…なさ…」
「他人に何を言われようと、私を信じてくださいよヒサナさん」

顔をくしゃくしゃにしてヒサナは鬼灯の腕の中で何度も頷いた。
その様を見て鬼灯もようやく肩の力を抜くと、片手でヒサナの頭を抑えるとその髪に鼻先を埋めた。

「どれだけ心配したと思ってるんですか…っ」

鬼灯の口内でギリッと歯を強く噛み合わせる音がした。

何かヒサナに戻れない事態が起きたのでは。

極楽満月から閻魔殿へ戻る道中いてもたってもいられず、全速力でも何時もより戻るのが早くなった。
逸る気持ちを、怨念に喰らわれぬよう抑えながら、焦りたいのに急げないジレンマにイライラしながら探し回った。
あの言い知れぬ恐怖を感じるのは、もう二度と御免だ。

「やはりあの女共…折檻だけだは飽き足りない」
「だ…ダメですってば!」
「くどいですね、それでは私の気が収まりませんよ。何故そんなに庇うんです?」
「庇うと言うか、会って欲しくないんです…」
「まぁこの話はここではよしておきましょうか。さて、この猫又の初期化スイッチは何処ですかね」

鬼灯が隅に目をやるので何だろうかと目線を追えば、いつの間にか手放された小判がメモ帳片手にこちらを見ていた。

そう言えばすっかり忘れていた。
小判も記者であり、こんな抱き合ってるところなんてまたネタにされかねないと急いで退こうとするが、鬼灯はその手を離さない。

「初期化って…なんの話ですかにゃ…」
「人のプライベートを記録した脳内を消去するスイッチですよ。見つけてあげるよーキミだけの初期化スイッチー」
「バリトンボイスで歌わなくていいにゃ!そんなのないから無理にゃ!」
「私の殺る気スイッチならすぐ押せそうなんですけどね」
「にゃー!それ絶対字が誤変換されてそうにゃ!わかった言わない!記事にしにゃいから!」

鬼灯はヒサナから手を離すと壁際に追い詰めた小判の足をつかんで逆さ釣りにして強く揺する。
あばばと慌てふためく小判の懐からバラバラと手帳や筆記用具と共に落ちてきたカメラを確認すると、小判を放りそれを手に取る。
奇抜なデザインのデジタルカメラの側面の小さな蓋を開け中のメモリーカードを抜き取ると、本体だけ小判にきちんと返した。

「みゃー!それだけは勘弁してくださいにゃ!」
「記事にしないのなら必要ないでしょう?後程同メーカー同容量の同じものをお渡ししますよ」
「にゃ…手厳しい…」

メモリーカードを握りしめた鬼灯は小判に念を押してからヒサナの元に戻る。
ヒサナは安堵からか眠たげに眼を擦って欠伸を噛み殺していた。

「散々私を振り回しておいて良いご身分ですね」
「だからこうして堪えて…」
「彼女達を拷問するのはやめてあげますから、鬱憤晴らしに今夜付き合ってくださいよ」
「夜までもたな…」
「それまで寝てて良いですから」

鬼灯は小判に丁度背で隠すように位置取ると、ヒサナの眠たげな顔を両手でそっと包み込む。
ヒサナはもう睡魔に朦朧とし、鬼灯のされるがままになっていた。

「では、また後程」

その声を最後に、ヒサナは意識を完全に手放す。
目の前の温もりをなくした鬼灯は懐の時計を確認すると、パチンとその蓋を閉じた。

20141014

[ 27/185 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -