祟り神

ヒサナに背を向けた白澤の顔はうかがえない。
広間へ向かう白澤を見届けようとヒサナは後を追うが、手のひらを眼前に晒されグッと足を止めた。

「あんまり見ない方がいいと思うよ」
「危ないですか?」
「そうだね、僕に惚れちゃうかもよ」
「………………」
「…いいよ。そんな険しい顔してないで、それは無いですって素直に言えば良いじゃんもう。見てても良いけどあんまり出てこないでね…はぁ」
「すみません…」
「気にすることはないよ。アイツに言われた時は、ちゃんと答えてあげな」

言われませんよと慌てて反論するが、つれないなぁと白衣のポケットに両手を突っ込むと、白澤は止める間もなく駆け出して行ってしまった。
ヒサナも言われた通り閻魔大王と一緒に壁に身を預けてそっと広間を伺う。

「大丈夫でしょうか白澤様…」
「うーん…まぁ、普段は惨敗してるのしか見たことないけど、あれでも神様だからね」

あの鬼灯君になら大丈夫でしょうと閻魔大王は言うが、ヒサナはその基準がわからず不安そうに二人の様子を見守った。





白澤を捉えた鬼灯が何時にも増して低く唸った。渾身の力を持って身を捻るが、馬頭が全身で押さえ込んでいるのでそう易々とは出られないようだ。

「まだ持ちそう?」

馬頭の隣に並んで白澤は彼女を見上げるが、額にも腕にも既に玉のような汗を浮かべていた。

「遅いわぁ白澤様。牛頭がいればまだなんとかなるんだけど、あの娘伸びちゃってるから、鬼灯様の次に見て頂きたいわ」
「いいよー。じゃあ僕が印を踏むのは待ってられないカンジ?」
「任せてとは、もう言えないわね」

腕は既に目に見えるほど震えているが、対する鬼灯はまだ全力で暴れ続けている。

「合図したら退いてくれる?烏天狗警察も上空待機でさ、巻き込まない自信はないよ」

肩や腕をぐるぐると回し、トントンと軽くジャンプをして準備体操をすませた白澤は、パンと拳を掌に打ち付けた。

「いいよ。退いて」

白澤が身構えると同時に馬頭が飛び退いた。手足の自由を取り戻した鬼灯は壁についた手を突き放すと白澤目掛けて爪をたてて踏み込んでくる。
猪突猛進な様に獣のようだなとフッと笑うと、白澤は自身の手首にガリッと歯をたてた。
口の中に血の味が広がると、鬼灯がその匂いに気付き勢いを緩めようとするがもう遅い。

だらだらと血の伝う拳を奴の頭蓋目掛けて振りかぶり、互いの勢いにのせて殴り付ける。
その力で鬼灯はのけぞって倒れそうになるが、後方に足をついてなんとか堪えた。
引ききらなかった鬼灯の爪が白澤の右腕を掠めるが、白衣を引き裂いて到達した腕の傷は然程深くはない。
噛み切った手首の方が出血が酷いが、白澤がニヤリと笑った。

「神獣の血は、今のお前には猛毒だろ?」

鬼灯がよろめきながら拳を受けた額に手を添えるが、途端に短い悲鳴を上げて自身の手を振り払い血を道服の前身頃で拭った。
火でも触ったかのように痛む手を握りしめ、額も袖で拭いながら鬼灯が白澤を睨み付けた。

「こっわい顔。言いたいことがあれば口で言えばいいだろ?」
「……」
「…やっぱり言葉まで出ない、か」

低く唸り威嚇する様はやはり獣に近く、考えて身を動かしてはいるが普段の鋭い知性は感じられない。
鬼灯は言語も使えない程、完全に怨念に呑まれている。
それ程までに、本来鬼灯の中に根付き続ける村人への怨み辛みは深くどす黒く、どれだけヒサナの存在が彼にとって重要な意味を成していたのかを示していた。

早く彼女を中に戻さなければ。
しかし怨念なんぞに呑まれて鬼神から悪霊の類いまで堕ちるとは奴らしくもないと嘲笑しながら、白澤は血をポタポタと床にたらし、足で点を結び印を踏む。
ポケットから香草の葉を出すと、しなやかにそれをなぎはらった。

ふわりと、白澤の白衣や三角巾が舞い上がる。天国側に近いので風がよく応えた。
巻き起こった風に数枚の細長い葉を伴わせた後、香草で鬼灯を指し示すと勢いを増した風に乗った葉が鬼灯に襲いかかった。
素肌を鋭い葉で切り刻まれた鬼灯は、目で葉の動きが捉えられず僅かに怯む。

「白衣じゃなけりゃ、もうちょっと様になるんだけどな」

まるでいつもの薬鍋を匙で混ぜ合わせるかのように、白澤は手にした香草で宙に弧を描く。
その軌跡通りに風が流れ、鬼灯は風圧によって柱に背を押し付ける。
ヒサナも閻魔も固唾を飲んで見守っていたが、未だかつて見たことがない程白澤が有利に事が進んでいる。
最後に身動きのとれない鬼灯に数回葉を向け振れば、道服を葉が貫き柱にその身を縫い止めた。

「さぁ捕まえた」

これで御仕舞い。と、残りの葉も奴に集中させようとした、
その時だった。

白澤の手にしていた指揮棒であり術の大役を担う香草が、その手からこぼれ落ちた。
白澤が右腕を震わせてそれの異変に気付く。
先程鬼灯に受けた裂傷が、袖の下で赤黒く変色し熱を持っていた。
「あのヤロ…!」

閻魔大王の頬の傷の治りが遅いということを懸念し忘れていた。

今の鬼灯に神獣の力が毒であるように、奴の怨気も白澤には猛毒であった。それが浅い傷から入り込み、これ程までに蝕んでいた。
悪鬼は怨みの深さで強さが決まる。それは鬼火と人の合の子である鬼もまた紙一重であり、そんな鬼灯程の精神力を上回る怨念とは一体どれ程深い物なのだろうか。

力が入らず、術が途中で解けたことで鬼灯を捕らえていた葉もヒラヒラと地に落ちる。
自由になった鬼灯は、神に触れられないという事は理解したようで、態々金棒を手にしてから白澤への距離を詰めた。
ガリガリと金棒が床を引き摺り削る音が響く中、烏天狗警察や馬頭が鬼灯を阻止しようと加勢してくれたが、一連の間に怨気が強まった鬼灯はそれらを力任せに簡単にあしらってしまった。
神獣化しようにも、蝕まれた腕の浄化は追い付かず形勢は変わらない。
この痛みでは術に集中も出来ず、なにもできない。
万事休すか。死にはしないが暫く起き上がれないだろう。

そう思い奴が目の前に立ち塞がった時、一番聞こえたらいけない声が上がった。

「白澤様!」

驚いて振り返ると、いてもたってもいられなかったのだろう。ヒサナが物陰から出て鬼火を取り巻いていた。

20140819

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