予兆

「それで最近ヒサナちゃんを見なかったのね」

白い指先を頬に添え、お香が納得がいったように首を傾けた。
近頃閻魔殿に行っても、鬼灯に会っても彼女の姿を見かけることはなかったとは常々思っていたが、これまでの経緯を当人であるヒサナからきいて理解した。

「鬼灯様も心配なのはわかるけど」
「そりゃあ、私もわからないわけではないんですが」
「大切な人が危なっかしいなら、身をもって思い知らせるなんて鬼灯様らしいわね」

目には目を、歯には歯を。
わからなくもないが。
内で知らぬ間に見知っていた身であるヒサナとは違い、本当に幼少の頃よりの鬼灯との付き合いであるお香もそう言うのだ。
本当に鬼灯ならやりかねないし、現にやってのけた末のこの現状である。
そう談笑しながら二人、地獄の重い色合いの空の下を歩んでいるが、今日は別にお香と約束をしていたわけではない。
買い物に出て、荷物を抱えて帰ろうと思ったところに偶然お香と会い、閻魔殿に行くついでだと荷物を半分引き受けてくれた所だった。

「鬼灯様だって心配になるわ。だってヒサナちゃん大分お腹大きくなったんじゃない?」
「そうですね、蹴られるのも太鼓を中で叩かれてるみたいでしたよ。最近はもう大きいですから、大分減りましたけど」
「ご予定はいつだったかしら?」
「来月です。まだこんな大きいの抱えてるのかと思うと長いような気もします」
「重い?」
「重いですよー。自分の足見えませんもの」

姿勢も大分後ろに反り返って立つようになった。
こんなに大きくなるのかと、自分でも驚く程に。
一体どれだけ大きな赤子が入っているのかと思うが至って普通だというのだから世の母親は本当にすごい。
自分もこのように生まれてきたのかと思ったところで、ふと最後に見た母の姿が頭をよぎり切なくなった。

「ヒサナちゃん?」
「あ、いえいえなんでもないです」

もうどうしようもない事で表情を曇らせていも、いらぬ心配をかけるだけだと慌てて笑顔で取り繕う。
しかしそこは何事にも長けているお香。
気配りも勿論、ヒサナが何かしら一瞬表情が陰ったのとなどお見通しで、察しはつかぬがふんわりと笑って見せた。

「あの鬼灯様と渡り歩けているんですもの。心配ないわ」
「そう…ですね、心強いです」

本当に。
この上なく心強い。
自分の落ち度によっては狂気にもなりかねないが、そこは本当に学んでいかなければならない。
気を付けようと腹をさすれば、丁度赤子が動いた。

「あら、同意してくれるの」
「どうしたのヒサナちゃん」
「丁度動いて…」
「あらあ、赤ちゃんも頼もしいのね」

ヒサナが赤子がいる所とは別の腹で考えていた内容を、お香は知らないが。
そういうことにしておこうと、笑って見せた後二人はそのまま閻魔殿に入り、長い廊下をゆく。
このまま真っ直ぐ行けば法廷だが、お香は道を折れて進んだ。

「あれ、お香さん法廷…」
「やあねえ、お荷物最後まで届けてあげるわ」
「いえそんなそんな…この程度の距離大丈夫ですから…!」
「ほら行きましょう」
「あーお香さ…すみませんありがとうございます…!」

言っても聞く耳を持たない様子で獄卒宿舎へと進んでいくお香に、観念してヒサナは彼女を追いかける。
その背で揺れる二対の蛇が、主と同じような眼差しでヒサナを優しく見守ってくれていた。
本当に、お香ほどの女性にここまでしてもらえるほどの者では微塵もないのだけれども。
腹部もなんだかぐっと圧迫するような感覚に、我が子が押しきられた母に呆れているのだろうか。

「ううわかってるよ…皆に迷惑かけて生きててすみませんね」

なんて優しい世界か。
こうして鬼火として二度目の生を得たことを、とても嬉しく思う。
鬼灯もきっと、こんな想いを抱いて日々を大切に生きているのだろう。
彼の幼馴染や閻魔大王との関わりを見れば、一目瞭然である。
腹の赤子はまだご立腹のようだが、この世界なら赤子も安心して過ごせることだろう。
申し訳ないほどくすぐったくて温かい世界にヒサナは浮き足だって笑った。

20180203

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