ほうれんそうの隠し味

私室の簡単な作りの台所に立って、ヒサナは腕を組んで唸る。
今日は鬼灯の帰りが早いと聞いた。
冷蔵庫の中身を見て、今日の夕飯の材料は何を買いにいこうかと悩むところ。
しかしそこまでで考えることをやめ、ヒサナは携帯を手に取る。
もう操作するのもなれたもので、買い物の支度をする傍ら発信ボタンを押せば数コール目で相手に繋がった。

『はい』
「鬼灯様、今日の夕飯は何が良いですか」
『ヒサナのご飯でしたらなんでも美味しくいただけます』
「えー…でも鬼灯様の食べたいもの知りたいじゃないですか」
『またですか…貴女昨日もお弁当は何が食べたい、石鹸はどれがいいと連絡してきたじゃないですか』

ため息混じりにも、それではけんちん汁が良いですと答えてくれたので、それではとヒサナは通話を終了させる。
聞くことも聞いたし、長電話は鬼灯の仕事に支障をきたす。
用件のみでと考えつつ、一番大事なことを伝えていなかったと再度同じ番号に連絡を入れる。
すぐ応えた声は若干低かった。

『今度はなんです』
「これから市場に買い物に行ってきます。帰ったらまた連絡しますね!」
『…行ってらっしゃい』

通話終了の機械音が短く鳴り続ける携帯を耳にしたまま、鬼灯は僅かに眉根を寄せた。



「鶏皮入れると美味しいんですって、どうですか鬼灯様?」
「…確かに。美味しいです」
「食堂の美味しいじゃないですか。聞いてみたら鶏皮の油分が旨味だから鶏皮を仕入れて入れてるんですって。わー美味しい」

定刻通りに帰った鬼灯と夕飯を共にしながら、今日はこんなものを見たなど他愛の無い話をする。
我ながら今日のけんちん汁は最高傑作ではないだろうか、明日食堂のおばさんにお礼を言おうと思いを馳せる。

「あ、明日の朝の分もありますけど、鬼灯様朝もこれでいいですか?」
「構いません」
「お昼はどうしましょう?和食で良いですか」
「いいです。そして夜はヒサナが食べたいものが私も食べたいです」
「私の食べたいもの?」
「はい。構いません」

その為の買い物も自由にするようにと言われ、ヒサナはそうですかと頷く。
さて何が食べたいだろうか。
ここのところ鬼灯に聞きっぱなしだったが、改めて考えると自分は何が好きだろう。
首をかしげるヒサナを、鬼灯はただだまって箸を進めながら眺めていた。




「で、なんですか」
『あのですね、シュウマイの作り方聞いたんで、シュウマイでもいいですか』

午後の法廷の合間に、着信があったことを確認して折り返してみれば献立の話。
いいですよと答えれば、嬉しそうな彼女の声が帰ってきてすぐに通話は切れる。
しばし黙って携帯を見つめる鬼灯の背を、机から閻魔大王が覗きこんだ。

「何?またヒサナちゃん?」
「ええ、話を中断してすみません」
「いやいや、マメだねえ君の奥さん」
「マメ…そうですね、そうしろと言ったのは紛れもなく私なんですが」

『ほうれんそう』のできなさに確かに告げたは告げたが、この現状はどうだろうか。
そうしているうちにまた携帯が鳴り響き、耳に当てる。

『海鮮と肉シュウマイどっちが良いですか?』

肉と答えながら、鬼灯の手の内で僅かに携帯が軋んだ音をたてた。




「確信犯ですよねえ」

帰宅早々、ドアを閉めての第一声。
蒸籠のまま食卓にシュウマイを並べているときに帰ってこられたので、ヒサナは鬼灯の問いに首をかしげた。

「はい?」
「電話」
「電話が?」
「頻度、ひどくありませんか」

更に首をかしげた。
鬼灯に報連相と口を酸っぱく言われ、この頃は外出時にも何をするにも忘れずこなせている筈。
称賛されるべき出来だと思うのだが、何故この鬼は不機嫌なのかとヒサナは口を尖らせた。

「なんですか鬼灯様、やれと言ったりひどいと言ったり。我儘は流石に困るんですけど」
「万一に備えて居場所を把握する為、報告しろとは言いましたが。判断まで私に委ねるとか…一か百しかないんですか貴女の辞書には」
「だって鬼灯様勝手に決めたら怒るじゃないですか。だったら初めから聞いてしまった方が楽…」
「本当に一か百か。阿保。自己判断を欠けと言った覚えはありませんよ」

何が違うのか理解し難い。
源に自分が決めたことに鬼のように怒ったではないかと、ヒサナは今までの自分の処遇を振替って肩を落としながら配膳を済ませた。

「何が不満ですか鬼灯様」
「こちらの意図を履き違えられているのは困ります」
「それは?」
「別にヒサナに何も考えるなと言ったわけではありません」

席につかずに、鬼灯は金棒を携えたまま机の傍らに立つヒサナを見下ろす。
別に激怒している様子ではないが、少し苛ついているのはヒサナにもわかる。

「?言ったじゃないですか」
「そこからか。なんですかね鬼火って皆そうなんですか」
「なんなんですかもう、鬼灯様がやれって言ったからやってるのに」
「何のために、携帯を持たせたと思ってるんです」

何のため。
そんなの、報連相を徹底させるためではないのか。
視線を天井に向けたまま問いに答えてから鬼灯を見れば、残念なものを見るように鬼灯の目が細められていた。

「あのですねえヒサナ」
「はいなんですか駄々こねてる鬼灯様」
「……まあ今はいい。あのですね、こちとら貴女を縛りたいわけじゃないんですよ」
「?」
「貴女の動向が心配なのは変わりませんよ、囲って許されるなら囲りますよそれは本心です。ですが、閉じ込めておく訳にもいかないでしょう」
「まあ。先日いつだか物騒なこと言ってましたのに?」
「それも本心ですから」

聞かなかったことにした方がいいのか。
何やらそんな事をさらりと言ってのけたような気がするが、あまり突っかかっても口で負けるのは目に見えている。
数ヵ月前には、部屋を出るなと言った口が今は何を告げようとしているのだろう。
ヒサナは黙って鬼灯の話を先に聞くことにした。

「一から十まで赤裸々に話せとは言いません。夫婦と言えど赤の他人です、それが難しいのはわかります。ですがヒサナの場合は重要事項の情報共有意識に欠けます。なにか突拍子もないことを仕出かすのは天才的ですからね」
「それは誉めて…?」
「いませんよ。ですから重要事項か否かぐらい計れるようになってくれればよかったのですが、なんです。厠へ行くのに『先生トイレ』と言って先生はトイレじゃありませんと突っ込まれる子どもと同じくらい低レベルですよ」
「なんでトイレ?」
「トイレは重要じゃありません、トイレくらい一人で行けと行ってるんですそれと同じですよ」

勝手にいくなと言ったり行けと言ったり、ヒサナには理解しがたく眉根を寄せ少しだけ鬼灯を睨む。
その様に鬼灯も彼女がわかっていないことを察して短い息を一つ吐き出した。

「はあ、ですからヒサナに携帯を持たせたんですよ」
「だから連絡させるためでしょう?何故怒るんですか」
「貴女が何処で何をしでかしても、すぐ私に助けを請えるように」

鬼灯の真っ直ぐとこちらを見据える目は好きだが、時々そわそわして居たたまれなくなる。
ヒサナはちろりと視線をずらして首をかしげた。

「えっと?」
「ヒサナに謹慎期間を設けました。長い間だったと思います。不満もあったでしょうに、それでも一応は自分の行いをかえりみてちゃんといい子にしていたではありませんか。意識できるようになってくれればいいんです」
「自分の事を?」
「ええ勿論。自分をきちんと管理してくれるのであれば外出も自由にしてくださって構いませんよ」

まさかの、そんな事を携帯を渡されたときに言われただろうか。
覚えがないが、鬼灯はそういうつもりで連絡手段を持たせたようだ。
確かに部屋にいるのならば携帯は不要なはず。
持たせるということは、鬼灯の中でそれは決まっていたということか。

「い…言ってくれないとわかりませんよ!!」
「わかりましたか?言わないとわからないんですよ。ヒサナも、私も」
「う…逐一連絡しろってことかと…」
「まあしてほしいことも勿論ありますが、一から十までは不要です。そこら辺は考えられるようになってください」
「…難しいー」
「…つかぬことを伺いますが、貴女本気で全部連絡してきていたのですか」

気まずそうなヒサナの苦笑いを浮かべる顔に、鬼灯は大きなため息を一つついて肩を落とす。
大分改善された上でまだ見えぬ完全なる自由への反抗からの過度な連絡かと思っていたのだが、まさか素であるとは。
遠足の感想文を朝起きたところから書き始める子どもでも無いだろうに。

「馬鹿な子ほど可愛いとは言いますが、限度って何事にもあるんですよヒサナ」
「知ってますよ!」

20180104

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