召す

「私が鬼火くらい出せればよかったのですがね」

一言も返さない鬼灯に虫の居所が悪いのかと、朧車が話しかけなくなってから少したった頃鬼灯がポツリと呟いた。
自分が話しかけても答えなかったというのに何の話かと、背を支えられて座るヒサナはそっと鬼灯を見上げたが当人は朧車の壁を見つめたままだった。

「そうしたら応急処置にでも貴女に差し上げられたのですが」
「鬼火を?」
「私、ヒサナ以外の鬼火を出したことはないんですよ。いえ、出せないと言った方が正しいでしょうか。ヒサナが現化するまで出せないものだと試さずとも理解していましたし、ヒサナが出てから残ってる鬼火を出そうと試したことはありますが何も掴めません。救える手段を持ち合わせているというのに、歯痒いですね」

ずっとその事を考えていたのだろうか。
何にしろ鬼灯の機嫌がよろしくないのは一目瞭然なのだが。
何を考えているのかと思っていればそんなことかと、瞬きの間にヒサナは視線を動かぬ自身に落とした。

「そうなんですか…私は別に、普通に…」
「まぁ普通に考えて自分が鬼と化した起因ですから、無くしたら私は鬼で在れません。ですから体から別離できないようになっているのでしょう。人間だって自分の意思で魂を弄べないでしょう、普通はそうですよね出来てもやるのは自分を省みない馬鹿です」
「…それ遠回しに、私の事貶してます?」
「貶せば意識できるのならいくらでもしてやりたいくらいに」
「すみませんすみません」

再び見上げていれば視線だけよこして睨まれ、ヒサナは慌てて目を泳がせる。
瞬間的に怒りを向けられた気がしたのだが、ため息が聞こえたかと思えば自分を抱えている鬼灯の腕の力が僅かに緩んだ。
それと同時に車体が停止したことで、後方に無意識のうちにかけていた重力の均衡が崩れ僅かに前のめりになる。
停止したということは、目的地についたということ。
また口を閉ざした鬼灯はさっさとヒサナを抱き上げると、僅かに提灯の明かりに照らされる地に足をつけた。

「あった」

暗闇の刑場には、転々と灯る鬼火が見える。
周りの闇火はほとんど平常時に戻っており、おそらく野衾が余分な火力を喰らったのだろう。
群がっていた亡者も、刑場が落ち着くまで何処かへ移されたのか今は辺りには見当たらない。
鬼灯はヒサナを抱えて鬼火に歩みより、ゆっくりと膝まづいた。

「起きれます?」
「んー…」

手を伸ばそうにも体が億劫で力が入らなければ、頭を上げることすらままならない。
ほとんど体勢も変わっていなかったが、諦めて再び鬼灯に身を委ね肩の力を抜いた。

「難しそうですね」
「難しいと…いうか」

鬼火を体内に戻すには自力で補食しなければならない。
具現化させるときや手のひらにあれば意のままにできるが、いくら片割れと言っても来いと言って来るようなものではないし、そうであったのなら回収に回る手間もなかった。
それすらも自力では叶わないのかと、まるで人形に閉じ込められた気分だと苦笑する。
こうなったら鬼灯に口許まで運んでもらうしかないか、そう考えていた矢先に鬼灯が鬼火へと手を伸ばす。
考えていることは同じか、そう思い手のひらに鬼火を灯した鬼灯を見守っていると、ヒサナの思いとは反してあろうことか彼はそれを自らの口に含んだ。

「え!なんで」

どうして鬼灯が食べるのか。
自分の内から出せないと言っていた筈なのに何を考えているのかと驚愕していれば、鬼灯はそのままヒサナを抱き寄せると抵抗を許す間もなく口付けた。
しかし、いつもと異なる口付け。
唇は合わさっているが、口内に押し込まれる感覚。
言葉では表しにくいが何か形がないのにあるような、油のようなトロリとした感じのような、そんなものを口に含まされたかと思えば添えられた手が喉笛をぐっと押し付けてくる。
瞬時に与えられた圧迫感の苦しさに反射的に飲み込めば、鬼灯から何かを口移された。
何かなんて考えずとも、先程感じた口当たりはよく知っている。
鬼火を無理矢理流し込まれたのだ。

「けほっ、んぁ?」
「どうです」
「口移すなら言ってほしかっ…」
「違いますよ。体、どうですか」

違うだなんて今の行為を問題にされてないのも問題なのだが、ヒサナは渋々自分の状態を確認する。
なんだか胸の辺りが温かいような熱いような、冷えていた血が熱を持ち体内を巡るような、怪我をした時の傷口に訪れる熱さにも似たようなものを感じていた。

「一言で言えば、全身行き渡ってる感じです」
「良さそうですね。ではこのまま回収してしまいますよ」
「わっ!」

話ながら再び抱き抱えられ、地が遠退き視線が高くなる。
咄嗟に自らもバランスをとろうとヒサナは鬼灯の道服を緩くつかんだ。

「……」
「なん、なんですか急に立たれたら仕方ないじゃないですか」

さっさと歩き出すのかと思えば、衣を掴んだ手を凝視してきた鬼灯。
落ちるかと思い反射的に掴んでしまったのだが不快なのかと首をかしげて問えば、本当に僅かだが鬼灯が笑ったような気がした。

「無自覚」
「い…いきなりなんなんですか」
「無駄話してる暇はありません、とっとと回収して帰ります」

そうして歩き出した鬼灯の腕で揺られながら、目先にある鬼火を眺める。
いくつ灯したかも覚えていないが、野衾に喰らわれてる可能性もあるのかと数を提示出来たところで意味がないと考えるのを諦めた。
鬼灯の足で直ぐ様辿り着いた鬼火を眼下に二つ目等と考えながら、先程一つ目を体内に戻した際の事を思い出してヒサナは口許に手を添えた。

「……念のために聞きますけど、まさか全部今の方法で回収するなんて…ことは…」
「しますよ。その方が手っ取り早い」
「い、いいです自分で…」
「出来てないから、やってるんですよヒサナ」

鬼灯に睨まれ首をすくめて見せれば、鋭い視線はすぐさま逸らされる。
そうして鬼灯は先程と同じように鬼火を含み、有無を言わさずヒサナの中に還した。

「…恥ずかしいのですが、とても」
「これくらいで。帰ったらこんなものとは比ではないことするんですよ」

あまり考えないようにしていた話題を持ち出され、ヒサナは手のひらの中に真っ赤になった顔を埋める。
鬼火を集め終わったら、しなくてはならないこと。
わかってはいるが、拒否する気もないのだが恥ずかしさのあまり触れたくない話題であることにかわりない。
それなのに、拒絶するどころかやはり期待してしまう自分がいる。
白澤が言っていたが腹の子のせいか、とりあえずこちらも危険な状態であるにも関わらず変わりないようで何よりだとヒサナは恨めしげに腹を抱えた。

「鬼火戻しただけで元気になりませんかね…」
「なりません。回収してる間に腹くくっておいてください」

少し自由が効けるようになったことすら気付いていないくせに何を言うのかと、無自覚な妻を抱えた鬼灯は朧車から確認した鬼火の気配の位置を頼りに最短順路をざっと計算しながら先を急いだ。

20160507

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