底無し

大豆を箸でつまみ、一粒だけ口に入れ噛み砕く。
もごもごと口を動かしながらヒサナが目の前の鬼を見つめると、じっとこちらを凝視している鬼灯と目が合った。

「問題なさそうですね」
「ええ、まぁ…」

あまり食べたくないのだが、ヒサナは鬼灯が頼んだ物だった生姜焼きの一欠片も口に含む。
その様を確認しながら、鬼灯も彼女が頼んだ甘鯛の煮付けを食べ進めていた。

「こちらも問題なさそうです」
「ですよね…」

ざわざわとした食堂の話し声は、互いの会話を邪魔しない程度。
食堂で互いに頼んだものを入れ換えて何をやってるのかと問われれば、鬼灯の思い付きによる検証。
この数日、食事を不規則にとってみたり、鬼灯手製のものだけを食したり、頼んだものを不意に交換してみたりした。
理由はどこか一服盛られるような所があっただろうかという確認。
鬼灯が検証に乗り出したその原因は連日連夜、ここのところずっとヒサナの性欲が過多なのが気がかりだったからだった。

「媚薬を盛られてないのだとしたら、何故」
「…そういうこと、あんまりこういう所で話したくないんですが…!」
「拾い食いとかしてませんよね」
「しません!」

あの夜以降、ヒサナから鬼灯を求めずにはいられない日が続いていた。
今までの彼女を思えばそれはまさしく『異変』だった。
あれだけ自分が生きる為とはいえその行為を恥ずかしがっていた彼女が、どうすればあんなにも求めてくるだろうか。
鬼灯は魚の骨を退けながら首をかしげる。
これだけ食を管理し、それだけではなく意図的に接種するものを変えてもヒサナの様子はおかしなまま。
鬼灯の手料理のみを食べた日にも連日と同様に求められた営み後、落ち着いたヒサナに実は鬼灯が盛っているのではというふざけた発言をされたのでその後存分に後悔させてやった。
これでも心配はしているのだ、もちろん自分でもない。
ならばこの症状はなんなのだろうかと、鬼灯は器を手に取り煮物を食べ進めた。

「まぁ、私は嬉しいんですけどね」
「聞くまでもないと思うんですが一応、一体何が」
「もちろん毎日抱ける上に、ヒサナが求めてくれる事ですよ。今日もします?」
「う…」

嫌だと、普段ならば即答できる只その一言が出てこない。
期待してしまう自分に困惑しつつも、嬉しいものは嬉しい。
顔を真っ赤にさせて視線を泳がせるヒサナに、鬼灯が里芋を転がしながらぽつりと口を開いた。

「淫乱」
「やめてえええ」

さぞ興味深く、面白そうに言われるのでヒサナは掌で顔を覆った。
連日の夜の自分を思えばそう思われても仕方がなく、本当に鬼灯の言う通りなのはわかるのだが、やはり認めたくはない。

「今は大丈夫なんですね」

羞恥に慌てふためく今の彼女は以前のまま。
特に今すぐ欲しい等と真っ昼間に求められたことはない。
あったら大事だが、ヒサナも今は理性の方が勝っているようで落ち着いていた。

「そう…、ですね。なんなんですかね本当にもう…」
「私が知りたいですよ」
「私だって知りたいですよ」

頭を抱えたヒサナは、肘でお盆を鬼灯の方へ追いやり机に突っ伏した。
自分でも色々考えたし、鬼灯が考えてくれてもさっぱりわからない。
とりあえず目の前の生姜焼きは食べたくなくて、本来食べたがっていた本人に押し返した。

「もう食べないんですか」
「あんまり食べたい物ではないので」
「私の事はあれだけ求めるのに」
「……っ、もうやだぁ…」

恥ずかしくて仕方がなくて、ヒサナは腕の中に顔を埋めた。
本当にどうしたのか、自分が自分ではないようで分からなくなる。
ふと、気付けば鬼灯が欲しくて堪らなくなってしまう。
これは危惧していた通り記憶を取り戻してからの変化で、生前の自分が淫乱だったとでもいうのだろうか。
否、処女であったから生け贄に選ばれたのだからその可能性は皆無であり、何より記憶が戻ってから何日たっていると思っているのだと自らの考察を否定した。

「ですが、流石にこうも連日だと嬉しいですが気にはなります」

好きな女から求められて嫌な顔をする雄が何処に居るだろうか。
しかしヒサナの変化はあまりにも大きく気がかりである。
魚を完食した鬼灯が生姜焼きも黙々と食べ進めながら、顔を見せない嫁の頭部を凝視しながら呟けばようやっと彼女が顔をあげた。

「…体質変化かなんかですかね」
「失礼な言い方ですが、ヒサナの存在事態が『異常』ですからね」
「うぅ…」
「房中術で怨気を接種している事等も、本来の貴女の捕食方法と勝手が違いますからね。今の状態はまるでリリスさん達ですね」

アレは接種するものが違うので、リリスとは違うと言っていたが。
その話をした相手を思い出した鬼灯が嫌そうに顔をしかめたので、ヒサナは何か琴線に触れたかと首をすくめる。
その様を見て違いますよと対象を否定した鬼灯は、最後に味噌汁を飲み干して箸を置いた。

「…やはり、アレに一度診せるべきですかね」
「あれって、白澤様の事ですか?」

ものすごく気乗りはしないのだが。
気乗りどころか、心の底から嫌なのだが。
只でさえ彼女の口から名前が出ただけでも機嫌を損ねているというのに、この異常を引き起こした張本人の神獣以外に頼る宛もなかった。

「今夜も同様でしたら、行きましょうか…」
「行く前から重い足取りですね鬼灯様…。何でしたら、私一人でいってきますよ?」

気にはなりますしと、付け加えて提案すればそれこそ鬼灯の意にそぐわない様で瞬時に眉間の皺が更に深まった。

「それこそ却下です。明日一緒に行きます」
「でも鬼灯様、明日は裁判多いのですよね?」

昼間、鬼灯が抱えて歩いていた書簡の量を思い出す。
溢れそうな書簡の統一されていた表紙の色は、裁判記録の物。
あの時間に抱えているということは、前の裁判から回ってきた明日使用するための物だ。
閻魔大王のために情報を頭に叩き込むのだろう、よく鬼灯が手にしているその書簡。
何か現世で不幸な出来事があったようで、何時にも増して量が異常だった。
鬼灯は黙りこみ、腕を組む様は明日の流れを考えているのだろう。
暫くの沈黙を要した結果、鬼灯は苦虫を噛み潰したように顔をしかめると舌を一つ打った。

「チッ…では明後日で」
「いいですよ、私一人で明日行ってきます」
「絶っ対に、嫌です」
「ダメじゃなくてイヤですか…。別にいいですけど、明後日に異変が起きても怒らないで下さいよ。鬼灯様がよく言いますけど、私自覚症状に欠けるんですから」
「自慢じゃないけどみたいに言わない」
「言ってない…!」

茶化してくるが、鬼灯の目は普段しもしないのにこんな言い方もおかしいが一ミリも笑っていない。
更にはそのあと僅かに口を尖らせ黙り込んでしまった。

「…本当に、一人で大丈夫ですから」

ね?と、僅かに首を傾げて問えば鬼灯はヒサナを睨んだまま微動だにしなかった。
それでも負けずに穏やかな声で彼の名を呼べば、暫くすると観念したのか肩を僅かに落とした。

「…ホウレンソウ」
「ほうれん草?」
「絶対その頭に浮かんでるのは菜っ葉ですよね、違いますよ。言うと思いましたけど…。『報告』『連絡』『相談』、それぞれの頭文字を取ってでホウレンソウです」
「あぁ、報連相…」
「帰ったら必ず一番に私の元へ戻り、結果と白澤さんに会った出来事を漏らさず報告する事。怠るとどういう事になるかは、身をもって知ってる筈です」
「その節は…まぁ…」
「逃げるなよ」

鬼灯の言葉にしどろもどろになれば、ギッと鋭い目付きで睨まれヒサナは視線を反らす。
思い出すのは記憶を取り戻した時しかなく、もう二度とするわけがないと蘇った情景を振り払うように首を振った。

「に…逃げませんよ」
「…その言葉、信じてますから」

その眼光にヒサナは息を飲む。
釘を刺すどころではない。
この首に縄でもかけられたのではないだろうか。
括るための物なのか、繋いでおくための物なのかは分からないが。
連日連夜あの状態になるのだ、今日だけは違う何てことにはならずに明日知識の神の元を訪れることになるだろう。
明日の分の買い物などは今日の内に済ませておこう等と考えながら、鬼灯が空にした皿をぼんやりと眺めた後、ヒサナは無意識にお腹が空いたと彼を見つめて空腹を訴える腹部に手を添えた。

20151008

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