暁を覚えず

その日も、日中の業務を終えて鬼灯は帰路についた。
ヒサナと籍を入れてから、残業が増えれば以前にも増して鬼灯の機嫌が悪化する事を覚えた閻魔大王が今のところ真面目に職務についてくれている。
いつまで続くか、定着すればいいがアレは長くもてば良い方かと考えながら、辿り着いた自室の扉を開けて鬼灯はぎょっとした。
部屋が真っ暗だったのだ。
ヒサナをまだ地獄の火も明るい時刻に先に帰した筈だがと、鬼灯は電気をつける。
煌々と照らし出された室内に少しだけ闇になれてしまっていた目を細めながらも凝らしてよく見れば、本棚の前で横たわっている妻の姿があった。

「ヒサナ?!」

背筋をゾッとしたものが駆けた感覚と、鬼灯が走り出したのは同時だった。
驚き駆け寄るが、床にも彼女にも外傷は見られない。
思い当たるのは怨念の枯渇かと、冷えた指先で彼女の肩を掴み仰向けに転がせば穏やかな寝息。
疑念を抱きながらも視診してみても、怨念も然程消費していないように見える。
ゆっくりと上下する胸に、只寝ているだけかと跳ね上がった胸を押さえて安堵しながら、冷静さを欠いていた思考がうまく回りだし次第に驚かされたことにも腹が立ってきた。
鬼灯はヒサナの両腕を床に押し付けると、胸を密着させ動きを封じながら口付けた。

「ん…ぅー?」
「ヒサナ、眠いんですか」
「んー…」
「眠いなら布団へ。こんなところで寝ないで下さいよ紛らわしい」

寝言のような返事を繰り返すだけのヒサナは目も開けようとしない。
このまま無理に起こしてもいいが、何事も無さそうな様子に既に脱力している自分もいる。
鬼灯はヒサナの膝裏と背を支えて軽々と抱き上げると、彼女を寝台へと横たえた。

「ぅ…鬼灯様?」
「起こしましたか」
「あ……おかえりなさい」
「只今戻りました」

寝台へ移動させた時点で起こす気は無かったのだが、起きてしまったのだから挨拶を返す。
まだ眠気に焦点があっていないのだろう。
ぼやぼやする瞳を凝らしたヒサナが、寝台横の時計を確認しようと身を捻った。

「いいですよ、寝てて」
「そう言うわけには…」
「もう寝てしまっていたのに何を言いますか」

足元の布団を引き寄せ彼女にかけてやれば、やはり覚醒する気はあまりないようで今にも閉じそうなとろんとした目をこちらに向けていた。

「眠かったんですか?」
「本を片付けたところまでは覚えて……あ、ちょっと横になろうかなとは思いました」
「本棚で?」
「ほんとにちょっとだけ…」
「あと数歩で布団があるのですから頑張って下さいよ」

本棚と、寝台との距離を目視してため息をつく。
申し訳なさそうに口許を布団に隠したヒサナに、鬼灯は柔らかな手つきでその頭を撫でた。

「で、眠いんですか?」
「…そりゃあ」
「危なそうな眠気ではないんですね?」
「んー…」

ヒサナの眠気は危険信号も担う。
抗えない眠気は徹夜漬けの鬼灯も身をもって知っているが、ヒサナの場合は物が異なる。
それでなければ良いのだがと思うのだが、今一本人にも自覚症状がなく、睡魔による眠気なのか、衰弱による物なのかは定かではなかった。

「多分…夜だからだと思うんですけど」
「ならいいんですが」

頭部を撫で付ける手のひらから伝わる熱も、彼女本来の熱さで正常であることが伺える。
心配はなさそうだが、欠伸を噛み殺したように口許に手を当てた彼女を眺めながら、鬼灯は戯れに思い付いたことに口を開いた。

「不安でしたらしましょうか?」
「何を」
「抱きましょうか、今夜」
「え、いいんですか?」

ヒサナが半分ほど隠していた布団から顔を覗かせると、鬼灯は驚いたように目を見開いていた。
自分で言い出しておいてどうしたのかと首をかしげれば、鬼灯が呆けたままの顔を寄せて覗き込んできた。

「え…いいんですか?」

今度首をかしげたのは鬼灯で。
ヒサナが発したものと全く同じ言葉を返され、頭部に添えられていた手は枕の横に深く沈み、ギチリと寝台が小さな軋みを上げる。

「例え衰弱していても、いつも嫌だやめてと騒ぐ貴女が珍しい」

言われて自覚すれば、ふつふつと羞恥が募ってきた。
何故欲しいと思ったのだろうか。
確かに行為を考えれば恥ずかしくて死にそうになるが、それでも欲が勝るなんて、確かに初めての事かもしれない。

「や…やっぱりいいです…!」
「寝惚けて素直にでもなりました?」
「ちが…いい!もういいです!」

指摘された上でもう二度と首を縦に振れるわけがないだろうと布団へ潜ろうとするが、鬼灯の腕がそれを阻む。
しまいには布団など寝台の下へ蹴落とされてしまい、自分の失言に頭を抱えるしかなかった。

「退いてください」
「お望みのようでしたので」
「違うんです、寝ぼけてたんですきっと…!」
「眠いと本音が出やすいですよね」
「適当に相槌うってたんじゃないですか…うっ」

ヒサナの上に、気遣いもせず全体重をかけてのしかかる鬼灯に呻き声が漏れた。
何キロあると思っているのか、冗談ではないと重く苦しい体に手をかけるがびくともしない。
そしてそんなヒサナの行動にも首をかしげたのは鬼灯で、上半身を起こした彼が睨み付けてくる嫁をじっと見つめた。

「抵抗も柔いと」
「全力ですけど!」
「何言ってるんですか、こちとら全力でも何でもないですよ」

鬼神の全力と比べないでほしいとも思うが、のし掛かってくる鬼灯は確かに普段の余裕とはまた別の余裕を見せている。
腕を拘束しているわけでもなく、重いのは重いが上に乗られているだけ。
押さえ込まれているわけでもないので、全力で暴れれば転がり落ちるのではと思うほど本当に只上に乗っているだけだった。

なんだ、私が形だけの抵抗をしているとでも言うのか。
自分は抱かれたいのか、鬼灯に。

そこまで考えて頭が熱くなり、ヒサナは彼から離した手で顔を覆った。
自分が何を考えてるのかわからなかった。
このまま鬼灯に流されたかったのか、どうなのか。
その答えが分かってしまっては、更にもうどうして良いのかわからなかった。

「素直じゃないですねぇ」

そんなヒサナを見透かしたような鬼灯に手を退けられ、額に口付けられれば、あぁ始まると安堵してしまっている自分にも困惑するしかなかった。

20150929

※注意!
次は裏描写になります
そういった行為が苦手な方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮願います。
読まなくても繋がるようにしたいと思いますが、できなかったらごめんなさい…。
どんなものでも大丈夫だという方のみでお願い致します。

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