納まる

熱い。
暑さではなく、ヒサナの場合は全身が熱い。
ヒサナはうっすらと目をあけ、行為後特有の倦怠感に顔をしかめた。
また発熱しているのか頭も痛み、身をよじれば思うように動けない体。
身体がこの強制接種に慣れるのは、まだ時間を要するらしい。
目の前の暗闇を不振に思い顔をあげれば、頭上に目を閉じた鬼灯の顔があった。

「ほっ…!」

危うく彼の名を叫びそうになった口を瞬時に手で塞ぐ。
ばくばくと騒ぐ心臓を抑えながら、目の前の闇は鬼灯の道服だと知った。
幸い短い叫び声は夢の中の鬼灯には届かなかったようで、穏やかな寝息に肩を上下させている。
眠っている彼を起こすわけにはいかない。
その肩から伸ばされた腕を目でたどれば、自分の背に回されていることに気づいた。
鬼灯に抱き込まれたまま、二人で眠っていたようだ。
ここは寝台の上のようだが、見たこともない部屋を見回し首をかしげる。
ここはどこだろうか。
状況を把握する為肘をついて僅かに身を起こせば、眠る鬼灯の腕は力が伴っておらずヒサナをするりと解放した。

「いてて…」

足も腰も色々痛い。
いまだ眠る鬼灯をもう一度見てから、ヒサナは辺りを見回す。
起こさないよう、寝台に腰掛けたままそろりと床に素足を降ろせば、足首や脹ら脛の筋肉が酷く痛んだ。
瞬時に手を伸ばし庇うが、思い当たるのは鬼灯との営みの際の体勢。
悲鳴をあげる足に顔を歪めながら腰も擦り立ち上がると、部屋をぐるりと見回した。
鬼灯の部屋よりは狭く、私物も少ない部屋。
ヒサナの中で彼の部屋が基準になっているせいかもしれないが、それでも何か殺風景な印象を受けた。
そして僅かに、鬼灯の部屋でも似たような香りを感じたことがある独特の匂い。
これは薬草の類いの香りだった。

「もしかして」

そういえば室内には中華風の小物がいくつか確認できる。
ここが何処なのかヒサナがある程度目星をつけたところで、突然手首をものすごい力で捕まれ、背後の寝台へと力付くで引きずり倒された。

「わぁっ!!」
「ヒサナ…?」
「ほっ、鬼灯様?!」

寝台の衝撃が来るものと備えたのだが、背に受けたのは違う感覚。
寝転がされたまま見上げれば、上半身だけ起こした鬼灯に抱き止められていた。
その表情は驚きを露にしているように見えるが、険しくも見えた。

「びっくりした…」
「驚いたのはこちらですよ…ヒサナ、ですよね?」
「そう、ですけど…?」

何を当たり前の事を問うのかと、仰向けに倒されているので鬼灯を見上げる形で首をかしげつつ肯定すれば、背に伸ばされた腕に抱き寄せられ再び腕の中に押さえつけられた。

「いなくなったのかと…」

目覚めたら、ここまで抱えてつれてきて隣に寝かせた筈のヒサナの姿がなかった。

また居なくなったのか。
それとも房中術が上手くできず、消滅してしまったのか。

鬼灯の頭をよぎった二つの最悪の結末。
ぞわりとした悪寒に慌てて身を起こせば、寝台の側には見覚えのある後ろ姿。
逃がすものかと、誰なのか認識するよりも早く伸ばした腕が彼女をとらえていた。
こんなに不安に刈られたのも久しぶりで、何でも無い様子の彼女を腕に閉じ込め安堵する。
一連の出来事で自分を心配させるとは良いご身分だと、渾身の力でヒサナを抱き締めた。

「いだいっ、痛い!」
「…物理的に味わえ」
「な、にを…折れるっ!」

どれだけ心臓が止まるかと思ったか。
しかし腕の中で抵抗しているのは、紛れもなく愛しい女。
ヒサナが足をばたつかせて暴れていれば、鬼灯が足を絡み付かせ完全に動きを封じた。

「熱いですね、ヒサナの体」
「じゃあ離してくださ…っ」
「離したら居なくなるんじゃないんですか?」
「…なりません」

声音は変わらなかったが、今は鬼灯の怨気が揺らいだのがきちんとわかった。
自分が今正常だということは、何をしたのかということも再認識してヒサナは頬を赤らめ、そしてどうしてこんな事になったのかもはっきりと思い出した。

「話せと、言いました」

鬼灯の声が低い唸りを伴う。
それは何度も鬼灯に問われた言葉。
どんな結果でも、ヒサナが思い出したら聞いてくれると言ってくれていたのに、その思いを踏みにじったのは紛れもなく自分で。
腕の力が若干弱まった拘束の中で、ヒサナは僅かにうつむいた。

「逃げて、すみませんでした」

自分だって鬼灯に拒絶されたら嫌だと逃げ出したのに、結果的に自分が鬼灯に同じ事をやらかしてしまっていた。
その行動がどのような感情を与えるか等わかっていたのに、自分のことで一杯一杯で鬼灯の事を考えられていなかった。
謝罪したものの、答えない鬼灯を恐る恐る見上げれば酷く嫌そうな顔をしている。
今は彼も大分落ち着いているようだがまだダメだろうかと、ヒサナは気まずそうに視線をそらした。

「そんな事で怒ってると思ってるんですか?」
「…逃げたことを、怒ってるんじゃないんですか?」

そうだと思っていたのだが。
鬼灯の口ぶりからもそれは違うということだが、現に抱かれていた時も、鬼灯にまだ逃げるか等と散々な目に合わされた筈だ。

「それもありますけど、はぁ…覚えてないんですか」
「えーっと……何をでしょう…」
「逃げ出したことも腹立たしいですが、信じて頂けなかった方が、…悲しかったです」

鬼灯が僅かに瞼をふせ憂いたような表情を見てるので、思わず見とれてしまった。
憂いたというか、拗ねていると言うか。
拒絶された事も信じてもらえない事も、どちらもヒサナが嫌だと思った事ばかり。
それは鬼灯も同じ事。
ヒサナは申し訳なくて、なんとか彼の脇腹を潜り抜け背に腕を回した。

「もうしません」
「どうですかねぇ」
「…信じて、下さい」

こんな事を自分が言う資格が無いのも、おかしい事もわかっている。
それでも、落ち着いた今は簡単にこの居場所を手放せそうになく、すがり付く思いで鬼灯の胸に額を預けた。

「ここしかないです…。絶対にもうしません。だから、鬼灯様と、一緒に居たいです」

僅かに震える声で紡がれた彼女の本音に目を細めた鬼灯は、ヒサナに回した腕を彼女の髪の流れに乗せる。
そもそも手放す気など無い鬼灯は、彼女の旋毛に一つ口付けをおとした。

「…あの橋にいらしたのですねヒサナ」
「え?」
「村と、山とを繋ぐ大橋ですよね。私も通ったことがありますよ」

どこか遠くを見るような眼差して、鬼灯は昔の記憶をたどる。
生前僅かに過ごした村。
丁として、何度あの橋を通り山と村を往復したか。
子どもにとって見れば、長く大きな立派な橋だった。
それは長い年月を経て人々が考案した、強固な橋の形だったのだろう。
鬼灯が物心ついてからは、川の反乱も流された話も聞いた覚えがない。
そして祭壇に向かった最期の日も、その大橋を自身を囲む行列が進んだのをよく覚えている。

「知って…るんですか」
「ええ、お世話になりました。まさかお互い水神に捧げられてるとは、思いませんでしたけど」

鬼灯は雨の神に、ヒサナは川の神に。
込められた願いは違えど、変なところに共通点があるものだと鬼灯はヒサナの髪を指に絡めてすいていた。

「でも、鬼灯様を、丁を死なせてしまった訳では無いようで、本当に良かったです…」
「え?」
「たかが人間が無理だって、白澤様が教えてくれました。鬼灯様に顔向け、できなるなるところで…」

本当に、殺してしまったのかと思った。
自分が呪った世界に、怨んだ人々に何の関係もない幼い丁を巻き込んでしまったのではと気が気でなかった。

もう要らないと、告げられることが。

理不尽を酷く嫌う彼だからこそ、尚更。
その時、目尻をこそばゆい何かが伝ったので手で触れれば、瞳から涙が零れていた。
無意識に溢れたのでヒサナは慌てて袖で涙を拭うが、気が緩んだ為かなかなか止まりそうになかった。

「あ、あれ…っ」
「…ヒサナ?」
「すみませんごめんなさい。ちょっと、上手く泣き止めな……?!」

止めどなく溢れる涙をごしごしと擦り付けていれば、髪を弄んでいた手が頭部に回され、ヒサナはぎゅうと鬼灯に押さえ付けられた。
目尻を伝う涙が黒い道服に染み込んでいく。
ヒサナはその色と影でできた闇の中で瞬きを繰り返して状況を把握していたが、理解するとその温かさに更にボロボロと涙が溢れてしまった。

「うぅ…鬼灯様汚れますよ…っ」
「洗えばいいんです。どうぞ好きなだけ汚しなさい」
「……っ」
「それに貴女が私を殺していても、私はヒサナを絶対に怨んだりしませんから」
「…本当に…?」
「ええ、理不尽な世でした。大目に見て生贄制度は時代ですから良しとしましょう。しかし、こっちが望んでなった訳でも無いみなしごだからと言う理由で生贄等と。あのまま生きていてろくな人生を歩めたと思いますか?早々に切り上げこちらで過ごせたのは幸運だと思います」
「気を使って下さってるんですか」
「本心ですよ。だから例えこの先何があっても、私もヒサナと一緒に居たい。二度と馬鹿なことは考えないでくださいね」

祈るように、鬼灯はヒサナを抱き締めた。
二度とこの手をすり抜けないように。
二度と側を離れないように。
しばらくそうしていればヒサナがモゾモゾと動き出したので、腕を緩めて動けるようにしてやれば彼女が顔を覗かせた。
澄んだ瞳を覗き込んでいると、珍しくヒサナが顔を寄せて来たので鬼灯が珍しいものを見るように観察していれば、ヒサナは柔らかく鬼灯の唇に触れ口付けた。
返事の変わりなのか面白いことをしてくれると、離れようとしたヒサナの頭部を迷わず押さえつけ、鬼灯は手荒に彼女に口付けた。

「ぅっ?!」
「ん…は…」
「む…んぅ…っ」

息継ぎのために開かせた唇から舌を滑り込ませ、彼女の舌を絡めとる。
深く、深く、もっと深く。
鬼灯は逃げ惑う舌を翻弄しながら取って喰らうように深く口付けていけば、彼女から苦しそうな拳を叩きつける強い抵抗があったが構わずに深めていった。
ねっとりと彼女の口内を味わい、ヒサナの抵抗が微々たるものになった頃、漸く鬼灯は彼女を解放した。

「はっ!はぁっ、は…ん…っ」
「はぁ…返事のつもりですか、遊びのつもりですか何ですか犯しますよ」
「なんっ?!何でそうなるんですか!!」
「珍しいからですよ。自分からキスしたこと、無いんじゃないですか?」
「はい?」
「還るときも、情事も、ヒサナから自発的にしたことは無いでしょう」

まだ以前、ヒサナが鬼灯の中に還れた頃。
確かに、鬼灯が寝ていたとか強要されたとか、あとは悪鬼に堕ちた時くらいで自分から口付けたことは無いように思えた。
指摘された事で自分のしでかしたことが恥ずかしくなり、ヒサナは耳まで顔を真っ赤にさせて視線を泳がせた。

「う…そういえば…っ」
「無自覚でしたか」
「言われなければ何とも思わなかったのに…!」
「…何とも思わないで、口付けたんですか」
「違っ!そうじゃなくて…私がしたいなと思ったから…って何言わすんですかあああ」

一瞬、場の空気が張り積めたのでこれは大変だと慌てて本音を告げたのだが、それが良くなかった。
鬼灯が表情こそ変えないものの面白そうに自分を見下ろしている様を見て、はめられて言わされたとヒサナはワナワナと唇を震わせた。

「すごい進歩…いえ成長ですねヒサナ」
「やだやだ忘れてください!」
「抱きたくなってきたんですけど良いですか。良いですよね」
「さっきしたばかりで…ってそう言いながら何処に手をかけて!嫌です!」
「口付けたくなったらしても良いのに、手を出したくなっても出してはいけないと…」
「レベルが違います!」

どれ程寝たのかは分からないが、さっきの今で抱かれるのは本当に辛い。
必死に抵抗していれば、鬼灯も本気では無いようで軽くあしらわれながらヒサナの抵抗を楽しんでいるようだった。
弄ばれている。
悪趣味だと言わんばかりにふくれて見せるが、ふとヒサナの中に疑問が浮かんだ。
抵抗を緩めれば着物の合わせに大きな手を差し込まれそうになったので、その手を掴んで押し返した。

「そう言えば鬼灯様」
「何ですか観念しました?」
「…っしませんよ!あの、鬼灯様も私が居ないと怨念を消化できないわけですから、だから私とその抱…だっ、ね、寝るんですよね?」
「そうですね、ヒサナの胎内に注がないと、悪鬼になりますから」
「変な言い方しないで下さい真面目に聞いてるのに!!えっと…私もですけど、鬼灯様も私がいないと怨念が消化出来なくなって生きていけませんよね?もしも私が鬼灯様と生きることを選ばなかったら、鬼灯様はどうしたんですか?」

鬼灯の手をとるか取らないかの、彼から提示された選択肢。
ヒサナは鬼灯と共に生きることを選んだが、あの時『死にたいならこのまま死なせてやる』と言い切った鬼灯自身のことは、一体どうするつもりだったのか。
自分が消滅するということは、鬼灯も死ぬことになる。
あの状況では、自身の事など考えていなかったかもしれないとも思いながら、ヒサナは考えるそぶりを見せている鬼灯と同じ向きで首をかしげた。

「あ、それは考えていませんでした」
「ですよね。でないとあんな選択肢は…」
「いえ、もし死ぬ方を選ばれたらヒサナを監禁するつもりだったので」
「………は?」
「いえだから、一生逃げられないように閉じ込めて、抱いて犯して孕ませてやろうかまでは考えてましたが、自分の事は考えてませんでした。盲点でしたが、まぁどちらを選ばれても結果オーライでしたね」

私がおかしいのだろうか。
簡単に言ってのけているが、物凄くおかしな事を告げられている気がする。
そしてこの発言に不信を抱き逃げ出せば良いのに、それでも変だとは思うが一緒に居たいという思いが消えない自分もおかしいのかもしれない。
どうするべきか。
混乱しているヒサナを抱き込んだままごろりと横へ転がった鬼灯は、彼女を下に組敷いて満足気に眺めていた。

「ですから、ヒサナを手放す気はないと言ってるでしょう?」

20150728

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