闇雲

「何でいつも同じことになるっていい加減覚えないのかなと、オレ最近思います」
「私は随分前からコイツの学習能力は著しく低下してるんじゃないかと思ってます」
「はぁ…知識の神なのにどうしてコレに関しては学ばないんですかね」

鬼灯は、金棒に付着した血糊を振り払いながら彼方を眺める。
桃の木林の合間をぬって何かが引きずったような跡が続き、それは一本の木に身体を打ち付けて止まった白澤へと伸びていた。
その有り様を、桃太郎は呆れた様子で師を蔑んだ目で見つめる。
鬼灯の機嫌を損ねれば、損ねなくても二人が顔を会わせれば結果どうなるかなど。
鬼灯に出会って未だ数年だと言う桃太郎にも、最近鬼灯の地雷がいくつかわかるようになってきたと言うのに。
白澤と鬼灯は何千何万と繰り返してきただろうやり取りに、未だこの関係性が緩和しないのも、白澤の執念と負けん気の為だろうか。

「ほら白澤様、ここじゃなんですからお店入りましょうよ」
「…僕店内に居た筈なんだけどね」

顔をあげた白澤が引きつったような歪な笑みを浮かべる。
極楽満月の扉は、所定位置よりかなり離れた場所で無惨な姿になっていた。

鬼灯はヒサナを探して、この場所を訪れるしか思い当たるところがなかった。
面識は少なくともヒサナはお香とも仲は良いが、彼女の住まいまでは把握していないだろう。
たどり着いた極楽満月の引き戸を勢いよく開ける。
以前もそうだったが、大体感じられた雰囲気でわかるがここに彼女は居ない。
しかし何か手懸かりはないかと、店内で汚物を見るように表情を歪めた白澤にヒサナの所在に心当りはないか問いかけた。

『え、何。またヒサナちゃん居ないの?』
『鎖でもつないでおかないとダメですかねぇあれは…』

離れてくれるなと、どれ程念押ししたと思っている。
鬼灯は金棒を持つ手とは逆の掌に爪を立てながら拳を握る。
店内を軽く見回しながら鬼灯は会話を続けるが、その視界の端には間抜けな顔を晒した白澤の姿が確認できた。

『逃げられたの?』
『…目の前で消えました』
『ハッ!マリッジブルーってやつじゃないの?ヒサナちゃん、お前と結婚するのがやっぱり嫌になって逃げたんじゃああああっ』

鬼灯は答えなかった。
代わりに唸ったのは金棒で、ホームランを狙う打者のごとくそれを打ち込まれた白澤は、そのまま店外へと強制排出された。
そうして至ったのが今の現状だ。
白澤は衣服の汚れを払いながら首をならす。
所々に違和感があり、完治するには僅かであっても時間を要するだろう。

「ここ別に相談所でもなんでもないんだけど!」
「お前に相談しに来たわけではありませんよ。ヒサナを探しに来たんです」
「そう言ってヒサナちゃんにここで出くわしたことないだろ!」

確かにそうなのだが。
しかし以前ここを訪れているという、鬼灯にとっては彼女の前科にあたる案件があるのでどうしてもここが頭を過る。

「ったく、すぐ暴力に物言わすのやめてくれる?!」
「うっかり」
「なんだよ、居なくなった事に他に心当たりでもあるのかよ。それともやっぱり図星か?」

鬼灯は僅かに瞼を伏せ、金棒を握りしめる。
無い。
ヒサナは仕切りに何かを謝っていたが、明らかに自分を拒絶していたことは見てとれた。
白澤の言う通り、婚前の女性に多いと言われるその症状なのだろうか。
しかし川に落ちただけの僅かな間に、何を心変わりしたというのか。
もう一つ気になるのは、鬼灯を避ける前に橋を渡るのを恐れた事。

話したくもない相手であり、けして相談しに来たわけでもないのだが、鬼灯は事のあらましを店内に戻った白澤に告げた。




「三途の川に落ちたのか…忘却の川レテでもあるまいし、そんな作用はあの川には無いもんな。そもそもお前を忘れてる訳じゃないみたいだし」

珍しく黙って鬼灯の話を聞き終えた白澤が、首を捻って唸る。
鬼灯も説明しながら頭を整理し、確かに直前までそんなそぶりを見せなかった彼女が婚前鬱だというのも当てはまらないような気がするという結論に至る。
白澤に指摘された時はどきりとしたが。

「お前に怯えてたってのもなぁ…お前が川に落ちたヒサナちゃんに激怒してたとかじゃなくて?」
「むしろ心配して駆け寄ったんですけど」
「怒られると思ったんじゃないの?」
「身を案じて、大丈夫だと言い聞かせてましたよ。確かに、怒られるのを恐れていたようにも見えますが…」

桃太郎に出されたお茶をすすり、鬼灯は口内に広がる味を再確認しながら揺れる湯飲みの水面を見つめた。
それ越しに、三途の川での一部始終を思い返す。
そういえば橋を渡る前から、ヒサナが上の空な事が増えていたようにも思う。

「…橋」
「え?」
「いえ、橋を渡ることを怖がっていると言うことは、あちら側へ行くのを怖がっていたのかと」
「あちらって、現世?」
「ええ、現世に近付くのを恐れていたと言ってもいいのかと…思ったのですが」

しかし何かがひっかかる。
ヒサナが体内にいる間に現世視察に行ったことはあるが、拒絶するような素振りは見られなかった。
何か見落としていることがあると口をつぐんだが、思い当たる節もない。

「手がかりがないんじゃあなぁ、お前を避けたなら閻魔庁には居なさそうだな」
「私もそう思います」

白澤はお手上げだと、椅子の上で背を反らす。
側に居たこの鬼が分からないものを、自分がどうわかれというのか。
前髪をグシャグシャにかいた後に、額にかかった前髪をつまんで弄びながら天井を見上げた。

「自分から飛んだってのが気になる。ヒサナちゃん、心配だな。僕の千里眼で探すって言っても『ヒサナちゃんが居る場所』を察知して見れる訳じゃないから虱潰しに探すしかないのは同じだからなぁ。現世はお前んとこの鏡で探せるだろ」
「浄玻璃鏡ですか」
「あれも場所が特定できなければ闇雲に探すしかないのは変わらないけどね。とりあえずヒサナちゃんも落ち着けば帰ってるかもしれないし、一晩待って帰ってこなければ異常だと思えば良いんじゃない?」
「そんな悠長には構えていたくないんですがね」

打つ手なしでは仕方がないかと、鬼灯は再び茶をすする。
ここへ来るまでは腹が煮えくり返っていたが、時間がたったことに冷静さを取り戻したのに加え、先程口をつけたときにも感じたがきっとこの茶にも白澤の弟子である桃太郎が何か仕込んだのだろう。
少し落ち着いたことで、一晩くらいなら待ってみようと思える余裕もできた。
叶うことなら今すぐにでも居場所を突き止めてやりたいところだが。
彼女にも思うことがあるのかもしれない。
もしも戻らなかったその時は、考えうる全ての手段を用いてでも探し出してやると、鬼灯は水面に写る己の姿を睨む。
そうしていた鬼灯の表情が、何か思い至ったように眉をあげた。

「…鏡。そうかそれです!」
「は?」
「浄玻璃鏡です。それを使えば良い」
「だから、そう言ってるじゃん」

何を思い付いたのかと思えばと、白澤は残念そうに肩を落とす。
自分の言ってる意味が通じてなかったのかとめんどくさそうに睨めば、鬼灯はお茶を一気に飲み干して湯飲みを置いた。

「浄玻璃鏡の、もう一つの機能があるんです」
「あぁ、あったね。なんだっけ」
「鏡で囲んだ浄玻璃鏡の前に対象者を添えれば、その人の様々な場面での内情を知ることができます。つまり、浄玻璃鏡を使えばヒサナが居なくなる直前の心情を知ることができます」
「だから、その知りたいヒサナちゃんが居ないんだから本末転倒だろ」

居なくなった理由が知りたいのに、知る術である本人が不在であれば鏡の前に立たせることもできない。
馬鹿じゃないのかと呆れ返れば、鬼灯は落ち着いた様子でゆっくりと一度瞬きをした。

「上手く行くかはわかりませんが、試してみる価値はあります」

ヒサナの所在はわからずとも、その時の彼女の内情を知るに等しい存在に心当たりがあった。
鬼灯は直ぐ様立ち上がり、店の戸に向かう。

「待てよ」

しかしそれを静止させたのは白澤で、鬼灯は若干苛ついた様子で振り替える。
白澤はそれを気にもとめずに椅子から立ち上がり、小走りに駆け寄った。

「僕も行く。相談受けた以上ヒサナちゃんが心配だし」
「結構です」
「人手は多い方が良いと思うけど。人手どころか吉兆の神獣が手を貸してやるって言ってるんだ」
「…どういうつもりですか、なんのつもりでどういう風のふきまわしですか薄気味悪い」
「同じ意味の単語そんなに連ねるなよ!まぁお前なんかの為じゃこれっぽっちもなくて、ヒサナちゃんの為だけどな!」

出会ったときからの二人を見てきた白澤にとって、二人の関係性は気がかりなのもあった。
そしてそれとは別に本人は気付いていないが、僅かに怨気が高ぶっている。
桃太郎に仕込ませた薬湯のお陰で少しは紛れたようだが、今の状態のまま何らかの事情によって不安定であろうヒサナに会わせるのは避けなければならないような気がした。
それを回避するためにも、白澤もヒサナの状態を知る必要があった。
奴と一緒に見つけるか、あわよくば先に見つけてやらなければ彼女がどうなるかわからない。

「…疫病神でなければ良いのですがね」

真剣な白澤の様子に、鬼灯は背を向け同行を容認した。

20150606

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