箱の中

午後の裁判を終えた閉廷後、ヒサナは鬼灯に連れられ挨拶回りに地獄中を歩き回った。
朧車を使っているとはいえ、ここは広い広い日本の地獄。
後半は、半場鬼灯に引きずられるように同行させられていたヒサナだったが、集合地獄の主任に挨拶を済ませた後歩きづめで疲労困憊している彼女を気遣い、お香が祝杯もかねて飲みに行かないかと誘ってくれた。
鬼灯も懐中時計を取り出し時刻を確認すると、今日はここまでにしましょうかと音をたてて蓋を閉じる。
十王を始め、各部署の御偉いさん方へ婚約の報告。
何処へ行っても似たような質問をされ、同じようなことを答えるの繰り返し。
これが暫く続くのかという落胆はあったが、とりあえず今日は終いかとヒサナは大きく伸びをした。

「お疲れ様ヒサナちゃん」
「ありがとうございますお香さん」
「自分の事なんですから疲れたそぶりを見せない。それとも面倒ですかやはり私なんかとは籍を同じくさせたくないと」
「どうしてそう僻むんですか!ちゃんとやりますって!」
「…嬉しそうではないじゃないですか」

視線を反らし、拗ねる様子を見せた鬼灯を見て、ヒサナは驚いた。
ヒサナの態度に怒るのではなく、あの鬼灯が拗ねて見せるとは珍しい。

「そんな事心配してたんですか?」
「……」
「う…嬉しいですよ!ちゃんとお返事したじゃないですか!嬉しいですけどそんな、あからさまに出しませんよ。おかしいでしょう」

あわてて取り繕うが、関連事項に口を開けばどうしても締まりの無い顔になるので必死に堪える。
そんなヒサナを横目で確認した鬼灯が、少し表情を和らげたような気がした。

「まぁ、にやけてる様子が見られただけで、良しとしましょう」

嬉しいですよ、嬉しいに決まってるじゃないですかと口にしてしまいそうだったが、このやり取りを見て楽しそうに笑ってるお香の手前、これ以上醜態を晒すわけにもいかない。

「鬼灯様も、そんな素振り見せてないじゃないですか」
「亡者をなぶり倒して回る勢いで喜んでるじゃないですか」
「分かりにく…え?回ったんですかもう」
「楽しかったです」

いつの間に行ってきたのやら。
鬼灯からの求婚を受けた後はあのまま二人で寝たと思うのだが、ヒサナの知らぬ間に抜け出していったのだろうか。

「お陰様でイザナミ殿の村人にも、新しい拷問ついでに報告に行って来ました」
「あぁ、例の」
「あ、イザナミ様への挨拶は忘れてました」
「いいんですか…っ」
「早朝だったということで。そういえばヒサナはお連れしたことがありませんでしたね。今度見ます?」
「…いいです」

ヒサナがまだ鬼灯の中に還れた頃でも、起きてる状態であの場所に赴いたことは一度もなかった。
鬼灯の恨みの念が、最も色濃く執着する場所。
彼の中で鮮明に思い出すことは容易で、実際に見たことがないヒサナにも手に取るようにその場所を把握できた。
しかし、そこを訪れたいと思ったことは、自我を再び確立させたこのかた一度も抱いたことはない。

「怨念を糧とするヒサナなら、好みそうな場所ですけどね」
「向き不向きはあるんじゃないですか?少なくとも私は、あまり関わりたくないです…」
「それから得られる怨念は食せるのに、当事者にはなりたくないと言ったところですかね」
「…つまり?」
「牛肉を食べるのに、加工前の牛に会いたくない感じですか」

そうなのだろうか。
例えの意味はわかったが、それに該当するだろうかとヒサナは首を捻る。
鬼灯の怨気は好むが、確かに関わりたくないという思いが強い。
悩むヒサナの傍ら、鬼灯が「あ、」と短く声をあげた。

「どうしました鬼灯様」
「牛と言えば、地獄の門番の牛頭馬頭に会いに行くのも忘れていました」
「その思い出しかたもどうかと思いますけどね…確かに、まだ天国に行ってないですからね」
「天国側には文書で充分でしょう。そうですね…あの世の入り口といえば三途の川の脱衣婆さんにも、後で煩そうですので顔をだしておきますか」

姑ではないが、確かに知らなかったら知らなかったで煩そうである。
それもそうですねと、ヒサナも頷いた。
色々と濃い噂は知っているし、鬼灯の内情報も知っているがヒサナも脱衣婆に会うのは初めてだ。

「あれ?白澤様にはご報告…」
「奴に何故教える必要があるのです。いりませんよ」

バッサリと提案を切り捨てられたヒサナが呆れていると、黙って二人のやり取りを見守っていたお香が笑顔を作った。

「まぁまぁ、とりあえずお話は後にしてお店行きましょう?」

切りがなさそうな二人のやり取りに、彼女はパンと手を鳴らして一端小休止を挟んだ。




「お酒は以上で結構です」
「一杯だけ…」
「それと烏龍茶一つ」
「乾杯に飲まないのは宴会的によくないのでは」
「あと枝豆と冷奴三人分ください。あとこの鳥鍋セットでとりあえず以上で」
「鬼灯様ーっ」

店員に注文をする鬼灯の傍らで彼の袖を控えめに引いて訴えるヒサナの姿に、お香は不思議そうに注文を受け終えた店員を見送りながら鬼灯へと視線を戻した。

「ヒサナちゃんお酒飲んじゃいけないの?」
「いけません」
「そん…一杯くらい良いじゃないですか!」
「絶対駄目です。あと一杯、その発想が命取り」
「そんな川柳みたいに言わなくても…」

肩を落として悄気ても鬼灯は一切聞く耳を持たない。
ほら同じ色ですよと、鬼灯から手荒に差し出されたお冷やを冷めた目で睨んだ。

「じゃあ、鬼灯様のと交換してくださいよ」
「はいどうぞ」
「いえ、お冷や同士じゃなくて。後で一升瓶来たら中身鬼灯様のと変えてくださいよ」
「ほら、酒は水と同じってよく言うじゃないですか。私は違いますのでヒサナさんはそれにはまってなさい」
「意味がわかりません。水と一緒ならお酒のんだって良いじゃないですか!」
「絶対駄目です」

お互いに引かない二人のやり取りが店内に響く。
大衆は、あれが第一補佐官の婚約者かと先日報道された内容と彼女を計る。
むしろ、鬼灯に喰ってかかれる彼女は本気かという客たちの好奇の視線がお香にも感じられた。
とりあえずこの場を納めなければと、二人の間にお品書きを挟んで割って入った。

「まぁまぁ、じゃあ私も烏龍茶にしますわ。すみません注文訂正させてくださいな」
「いいんですよお香さん!私が合わせればいいんですから!と言うことで何か美味しいお酒くださいっ」
「…場の空気に飲まれてるんですか?空気中のアルコール分摂取するだけで酔えるとかやめてくださいよ面倒な」

まだ飲料に口をつけてもいないヒサナがいつにもまして気が昂っている様子を見せるので、鬼灯は額を抑えため息を一つ。
ヒサナの後頭部を回って伸ばされた鬼灯の腕に抱え込まれ、ヒサナは騒ぐ口を塞がれた。

「んむぅ…っ」
「手で塞がれてる内に大人しくしておきなさい、次はこの場で違うもので塞ぎますよ」

何でですかとは、怖くて聞く気も起きなかった。
ヒサナが大人しく座り直せば、しばらく様子を伺っていた鬼灯もその手を直ぐに退けてくれた。

「わかれば良い」
「意地悪…」
「なんです?もう一度言う勇気がおありでしたらどうぞ。さんはいっ」
「何でもないです!」

意地悪と、もう一度だけ心の中で舌を出して呟く。
何か感じ取った様子でヒサナを睨み付ける鬼灯だったが、それ以上は言及してこなかった。
渋々お通しを食べていれば、直ぐに手際よく飲み物が運ばれてきた。
お酒が分けられる間に烏龍茶のお客様、という店員の声にヒサナは不貞腐れながら手をあげた。

「はーい!こーんばんうわー…」

コップを受け取りながら、同時にガラリと勢いよく引かれた戸だけでは、常時誰かが出入りする来客に目もくれずそのまま飲み食いしていただろう。
しかしそれに聞きなれた陽気な声が伴えば、三人はそちらへ一斉に振り返った。
声の主である本人も席につく三人の内、特に鬼灯が居ることを認識すると、一気に嫌悪感丸出しで声音を濁らせる。
店の戸口で桃太郎をつれた白澤は、来るんじゃなかったと鬼灯を睨んだ。

「なんで数ある飲み屋の中でここに来てるかな」
「なら今すぐ回れ右で出ていけ」
「やーだよ。今日はここの麻婆豆腐の腹で来たんだ。なんで僕がお前に合わせなきゃなんないんだ」

先に文句を言ったのは白澤の方なのに、何だかんだ座敷に上がるとお香の隣に陣取る。桃太郎もしょうがないなとその隣に席を取った。

「嫌なら反対側に席とれば良いじゃないですか白澤様」
「だって桃タロー、あっち店員に声届かないんだもん。座るならここ」
「寄るな真似すんな白豚」
「僕の指定席なの!それにお前と飲むんじゃなくてお香ちゃんと飲むんだ!」

ぎゃあぎゃあと喚く二人にまた始まったかと、ヒサナは烏龍茶を口に含む。
二人が顔を合わせる度にこれではきりがないので、既に止める気もない。
口内に小さな氷も流れ込んできたので、ガリガリとそれを噛み砕いた。

「二人はともかく、お香ちゃんも一緒なのは珍しいね」

言い合いの傍ら、ちゃっかり自分達の注文を終えた白澤が改めて机を囲む面子を見回す。
鬼灯とヒサナの組み合わせはわかるが、そこにお香も含まれれば何の集まりだろうかと首を捻った。

「あら白澤様。ヒサナちゃんと私お買い物一緒に行くくらい仲いいんですよ」
「えっ!そ…っ恐縮です」
「女子会かーいいなー」
「お前は女子じゃないから混ざれませんね白澤さん」
「お前は黙れ!」
「まぁまぁ白澤様。今日は鬼灯様とヒサナちゃんの婚約祝いですから祝福してあげてくださいな」

再び始まりそうだった喧嘩のゴングの音は、お香の発言によって神社の釣り鐘を打ちならしたような衝撃に変わり白澤の頭の中を駆け巡った。
ぽかんと開いた口を閉じるのも忘れて、白澤は鬼灯とヒサナを交互に見比べた。

「…誰が誰と婚約だって?」
「私とヒサナですよ」
「はーっ?!ヤることヤったらゴールインかよ!」
「大きな声で変なこと言わないでください!!」

白澤が大声を上げたことで、店内が一斉に静かになる。
咄嗟に目の前に座る白澤の口をヒサナは両手を押し付けて抑えたが、その手は目を丸く見開いた鬼灯によって引き剥がされた。

「何処を素手で触ってるんですか気持ち悪い」

おしぼりで消毒と言わんばかりに、白澤の唇に触れた手を力強く拭われ若干摩擦で痛い。

「皮が剥ける!」
「貴女が亡者だったら丸っと綺麗に剥いで今すぐ新しい皮膚になってほしいくらいですよ。はいアルコール消毒」
「勿体無い!」

鬼灯が手にした枡が傾げられると、注がれていた酒をその手に浴びせられたので慌ててヒサナは両の手のひらで器を作る。
しかしその手に口付けたのは鬼灯で、あっという間にごくりと飲み干してしまった。

「ペッ。一滴も許さないと言った筈です。はいお大事に」
「…徹底的ですね」

禁酒も殺菌も。
もう鬼灯の目の届くところで飲酒は困難かもしれないと、ヒサナは肩を落とした。

「え、何。ヒサナちゃんお酒ダメなの?」

アルコール殺菌されたことに苛立ちを覚えた白澤だったが、酒絡みのやりとりを見せる二人に目を瞬かせた。
ヒサナは自身のグラスが烏龍茶である事を白澤に認識させるために手に取ると、カラカラと氷を鳴らしてグラスを揺らした。

「飲めるのに飲ませてくれないんです」
「記憶飛ばしたくせによく言う。あれを弱くて飲めない人と言うんですよ」
「覚えてますよ!鬼灯様と初めて飲みに行った時ですよね!」
「じゃあ私と何の話をしたか行ってみてくださいよヒサナ。どうやって還ったのかも」
「……初孫飲ませてもらいました」
「それ最初も初っぱなじゃないですか。はいダメ」
「…昔過ぎて記憶が…!」
「ふふ…ヒサナちゃんが心配なのよね鬼灯様は」
「ヒサナちゃんそんなに酷いの?」

白澤の問いに鬼灯は答えない。
しかしその態度に逆上する様子も見せず、白澤はへぇと小さく呟いた。
一方頭を抱えるヒサナだったが確かに何も思い出せない。
そんなに悪酔いしたのかと、鬼灯が禁酒を言い渡すほど何か仕出かしたのか逆に不安になるほどだった。
その勢いで飲み干したヒサナのグラスを見て、鬼灯が店員を呼び止める。
再度ヒサナの為に注文したのはやはり烏龍茶。
鬼灯が他の追加注文を終えると、僕もと白澤が手をあげいくつか追加していた。
その前に注文した冷奴等が運ばれてきたのを、鬼灯とお香桃太郎が受け取っているのを手伝う為ヒサナも膝で立ち上がるが、白澤がこっそりと手招きをするような仕草を見せた。

「はい?」
「そんなヒサナちゃんにプレゼントしてあげる。ちょっと待っててね」
「何をですか」
「ヒミツ」

何がだろうかと首をかしげるヒサナの後ろを見て、来た来たと白澤は笑った。
店員が運んできたのは、お冷やと同じグラスに入った飲み物。
白澤が店員に向けてヒサナを指したので、そのグラスはヒサナの目の前に置かれた。

「これは?」
「飲んでみて」

そう笑いながら白澤は元々ヒサナの所にあったお冷やの方のグラスを自分側へと引き寄せる。
ヒサナは警戒しながらもそれを舌先で僅かに舐めてみた。
途端に口に広がる甘さに目を見開いた。
甘い香りにフルーティーな味わい。
なんだこれはと、ヒサナは白澤を見た。

「奴の監視が酷いなら。これなら甘くていいんじゃない?」
「あ、フレーバーウォーターとかいうやつですね」

鬼灯と現世のテレビを見ている際に、何度か番組の間に挟まれたコマーシャルを見たことがある。
なんでも水に無色のまま果実の味わいを合わせた飲料だとか。
これがそうなのかと、ヒサナは今度は何口か口をつけた。

「美味しいです」
「よかった。それなら水よりもうんとヒサナちゃんも楽しめるよ」

ニコニコとヒサナが美味しそうにグラスの中身を飲み干すのを見て、久しぶりに僕も飲もうと白澤が注文したのは一升瓶だった。



「どうしてこうなった」

鍋の支度をしているほんの僅の間。
物の数分もせずに隣で出来上がったヒサナを見て、鬼灯は顔をしかめて不機嫌を露にする。
顔を真っ赤にして机に突っ伏す彼女は、誰がどう見ても酔っ払っていた。
ヒサナが手にしているグラスの中身は無色透明。
水のように見えるがと、鬼灯か彼女の手から奪い取り匂いを嗅げば甘い香りが感じられた。

「白澤様おかわりー」
「よく飲むねーヒサナちゃん」

これまたぐでんぐでんに酔っ払った白澤が、けたけたと抱えていた一升瓶をヒサナに差し出したので鬼灯がそれも奪い取る。
銘柄を見てその表情は更に険しさを増した。

「白豚てめぇ…」
「あー鬼灯様水ですよぉ返してくださいー」
「獺祭じゃねぇか…」
「ダサい?鬼灯様だっさーい」
「チッ…煩いですよヒサナ。成程、気付かなかったわけです」

だっさい。獺祭。
現世でもかなり高い値段を誇る吟醸で、甘く飲みやすい。
フルーティーでジュースのような味わいは、お酒が苦手な人でも飲み進められるだろう。
しかしどんなに甘かろうと酒は酒。
飲みやすいということは、必然的にアルコール摂取量が上がるということだ。
飲み進めた結果が隣で顔を真っ赤にしているこれだ。

「白澤さん、どういうつもりですか」
「うへへぇーだぁってお前が隠してるからさー?ヒサナちゃんどうなるのかなぁって思ってー。ねぇーヒサナちゃんかーあいいねー桃タロ〜」
「いい加減にしてくださいよ白澤様!他所様に迷惑かけない!」
「そんなそんなぜんぜん。全然かぁいくないですよー」

へらへらと笑うヒサナから奪い取った酒を一気に飲み干した鬼灯は、白澤から獺祭の酒瓶も奪い取ると天井を仰いで飲み干した。
飲み込んだ勢いでダンと手荒に机に空き瓶を据え、口許を拳で拭えば今はヒサナが宿らぬ鬼灯の身体。
以前であれば何ともない摂取量だが、身体が火照り程よく酔いが回った。

「ヒサナ、いい加減になさい」
「いやーっ」

睨まれたヒサナがサッと机の下に潜り込んだので何をするのかと思えば、次に顔を出したのは反対側の卓の面。
つまり、下を潜って白澤の隣へ移動したのである。
それだけでも鬼灯の地雷を踏んだようなものだというのに、更に腕にすり寄って見せたものだから地雷の上で獰猛な獣を逆撫でしているようなものだった。

「ヒサナちゃん戻った方が…鬼灯様もほら、座ってくださいな」
「意地悪な鬼灯様より、優しー白澤様の方が好きですー」
「あははありがと〜僕も女の子は大好きだよーっ!」

酒が入っているのだ。
だからこれは仕方がない、怒ってくれるなとお香は心配そうに鬼灯を見上げた。
その視線を感じ取った鬼灯はわかっていますよと頷き目で語るが、鬼灯がどうでるのかハラハラと見守るしかなかった。

「ヒサナ、後で泣いても知りませんよ。今の内に、此方へ戻りなさい」

一言一言、強調するという風でもないのに何かを含ませる言い方をした。
ヒサナは頬を寄せる白澤の袖から顔をあげる。
お香が、桃太郎が、そして周りの客までもが『戻れ』と声にしない叫びや目で訴えてくる。
それらをぼんやりと見回し、酔った頭をこてんと傾げて鬼灯を見上げた。

「白澤様と飲んでみたかったし、楽しいからヤです」

そうかそうかと白澤がヒサナの頭に抱きついたのと、鬼灯が机を踏み抜いたのは同時だった。
いい加減にしろ。
この上なく凄みを増した鬼灯の目が射ぬいてきた。
怒らせたことはわかる。
大変な状況になったのもわかる。
しかしとうに思考回路など鈍っているヒサナは、その状況を考えるのも面倒だった。
はぁとため息をつくと、のろのろと白澤の腕の間から顔を出した。

「そんなにわたしが好きですか」
「ええ、叶うならこのまま引っつかんで自室に監禁したい程です」

鬼灯が言い放った発言に、その場に居合わせた者全員が息を飲んだ。
どれ程彼女が大切にされている存在なのか。
けして触れてはならない厄介事であると認識したと同時に、それに安易に手を出している白澤を賞賛したいほどだった。
しかしヒサナはそんな鬼灯を見上げたまま。
何ともないとでも言いたげに、大きく肩を落としてため息を吐き出した。

「『部屋』から引きずり出したのはほーずきさまなのに。望んだとーりになったのに、まだ無い物ねだりですか」
「無くはないですよ」

正に鬼神のごときだった鬼灯は、ゆっくりと瞬きを繰り返すヒサナから彼女が眠気を伴っていることを察知し、白澤だけを手荒に引き剥がした。
歪に曲がった手を庇い、何やかんやと罵声を浴びせてくる白澤を蔑ろに扱いながら大事に腕に納めたヒサナを見るが、うつらうつらと船を漕ぐのでもう半分以上夢の中へ足を突っ込んでいるだろう。
きっともう声も届かず、この事も忘れてしまうだろう事は予想できたが、それでも鬼灯はヒサナの顔を覗き込み、届くはずもない言葉を彼女にだけ聞こえる声量で呟いた。

「ですが極力貴女を自由にさせてやりたいとは思うのです。ですから、あまり私を煽らない方が身のためですよ」

20150520

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