忘れてました

「結婚するの?!うわぁおめでとう〜!」

閻魔大王は顔をクシャクシャにして笑いながら、大きな手をぱちぱちと打ち鳴ならして鬼灯とヒサナを祝福した。
結婚の報告はまず上司からと、翌朝ヒサナは鬼灯と二人一番に閻魔大王の元を訪れた。
口ではそう言っている鬼灯だが、本来ならば真っ先に報告すべきは『両親』。
身寄りのない鬼灯にとって、正に一番に報告すべき人だったのだろう。
閻魔大王は満面の笑みを浮かべて椅子に深くかけ直した。

「いやーそうかそうか。本当に良かったね二人とも。これでやっと鬼灯君も少し落ち着くかな」
「何がですか」
「キミ、無茶するじゃない?昨日だってやっと寝たんでしょ」
「…半分以上誰のせいだと思ってるんですかね」

ギロリと鬼灯に睨まれた大王は、慌てて視線をそらす。
ヒサナはいつものやり取りに微笑ましいような面持ちで二人を見守っていた。

「でもそっか…第一補佐官の結婚となると、これから色々大変だね」
「え?」
「実質地獄のナンバー2の立場ですからね。挨拶回りに結納云々。式も盛大に行わなければ示しがつきませんし、各界への招待状に式場の手配諸々きちんと行わなければなりません」
「こじんまりという訳には行かないんですね…」
「そうです。すぐ結婚、と言うことには申し訳ございませんが中々到らないと思います。めんどくさいですねぇ」

首をかしげたヒサナに、大王の代わりに鬼灯が説明してくれたので、成る程とヒサナは頷いた。
行わなくてもいいように思うが、鬼灯の立場上日本の格式に則って正式に行わなければならないのは確かだ。
ヒサナの同意を得て、鬼灯が顎に手を添え天井を仰いだ。

「私達は両親共に不在ですから、両家への挨拶とする結納は省略して良いかと思うのですが、形だけ執り行った方がいいのでしょうか…」
「じゃあそれ、ワシが立会人引き受けるよ」

その言葉に、鬼灯が驚いたように目を見開く。
大王は何か不味いことでも言ったかと首をすくめた。

「え、鬼灯君とは付き合い長いし、小さい頃からよく知ってるし、ヒサナさんも同じだけ鬼灯君の中に居たなら同じかなって…ダメだった?」
「…いえ、ありがとうございます」

なんともないように言ってのけた鬼灯だったが、すぐ側で見ていたヒサナには彼に少しの動揺が感じ取れた。
願ってもない申し出だったのだろう。
正に名付け親であり、鬼灯が尽くしたいと願った親代わりのように見ていた上司である閻魔大王。
普段はだらしなく抜けている王であるが、流石十王審判の第五法廷を司るだけの事はある。
時折見せる意表をついてくる感性の鋭さは、流石の一言である。
鬼灯も表情では表さないが、嬉しいのだろう。
ヒサナも嬉しくて口許が自然と緩んだ。

「とりあえず挨拶回りですかね。官僚は記者会見とか私事で開かなくて良いと思いますので」
「そうですね。ピーチマキさんとかなら大ニュースですが、鬼灯様のは必要ないかもしれませんね」
「いや…鬼灯君のなら、いろんな意味でやっても良いような気もするけどね」
「何ですか大王。言いたいことがおありでしたらもっとハッキリ言ってください」
「何でもないです!」

触らぬ神もとい鬼神に祟り無しと、大王は自主的に裁判の準備を始める。
鬼灯もヒサナとここへ来る前に揃えた荷台の中身を、机の上に並べ始めた。
そろそろ開廷時間、ここらがお暇時だろう。
そう思い、それでは私はと口にしようとして閻魔大王が何か閃いたように顔をあげた。

「ねえねえ、馴れ初めとか聞いていいの?」
「馴れ初め…馴れ初め?」
「そんなこと覚える暇があったら資料少しでも頭に叩き込め…」
「閻魔大王様の為にせっせと丸々覚えてるくせに…」
「なんか言った?鬼灯君」
「いえ何も。馴れ初めと言っても私が鬼になったときに入った鬼火のうちの一つがヒサナですから、その時ですよ。で、ヒサナは何か言いましたか?」
「いいええ何も何も…っ」

問われながら片手で鬼灯に頭を鷲掴まれ、ヒサナは視線をそらす。
失言でしたと痛みに呻いていると、閻魔大王が何故か一人納得するように頷いていた。

「何ですか…閻魔大王様」
「いやぁ、ヒサナさんでよかったなぁと思って」
「私が?何故ですか」

今正に鬼灯によって虐げられている様を見てそんな発言をするとは、閻魔大王は自分へ及ぶ危害が此方にも分散されて多少緩和され助かる等、そんな事を言われるのでは。
せめて眺めるのではなく助けて欲しいとヒサナは思うのだが、鬼灯の領域へ踏み込めないことは大王も十二分に熟知しているのだろう。
鬼灯の行いを咎めることは無かった、というよりは目の前の惨状には気にも止めていない様子で大王は話を続けた。

「前も言ったけどね、鬼灯君の中に入ってくれたのが、キミみたいな優しい子で本当によかったよ」
「そん…っそんなもったいないお言葉…っ」

頬を染めてあわてふためけば、閻魔大王が微笑ましそうにこちらを見やるので、あまり見てほしくなくてくるりと背を向ける。
いつの間にか緩んでいた鬼灯の手のひらを頭部に感じたまま、彼のため息も聞こえたような気がした。

「でもそういえばさ?女の子でよかったね鬼灯君」

閻魔大王の考え付いた疑問に、ヒサナも直ぐ様振り返る。
考えたこともなかった。
確かに自分は女だったからここまでたどり着くこととなったが、もしも別の鬼火が今の自分の立場に収まっていたとしたら、又は自分が男だったら、この現状は有り得ないだろう。
鬼灯は至極不快そうな顔をして、気持ち悪いことをいうなと発言者である大王を睨んでいた。

「そうですね…私が男だったらどうしたんでしょう鬼灯様」
「怨念を過多に喰らってくれていた事には感謝しつつも、二度と現化さないんじゃないですかね」
「何でですか可哀想に。男女差別は良くないですよ」
「違います。男と口付ける趣味はありませんよ」

鬼灯の中へ還る手段は、今は叶わないが口付ける方法一つのみ。
その手段を思い出し、ヒサナは思わず吹き出した。
確かにそれは無理だと、脳内で思い浮かべてしまったその光景にお腹を抱えて笑っていれば、鬼灯がヒサナの腹部に腕を回して引っ掴んだ。

「うぐ…っ」
「何が可笑しい」
「何も面白くなかったです」
「ですよねぇ?勝手に何を想像したのか知りませんが、在りもしない妄想の中での私を笑われたような気がしたのは気のせいですよね」
「痛っ!痛い痛い!」

回した腕が徐々に締まり、ぎゅうと腹部を圧迫されてヒサナはもがくが、潰れるか潰れないか、そんなところで加減をしながら鬼灯はヒサナを弄んでいた。
見かねた閻魔大王がようやっと止めてあげなよと口を挟んできたので、腕の力を緩めてやれば息を吐いたヒサナがだらんと両の腕を垂らした。

「はっ…死ぬかと思った」
「既に死んでます」
「そうですけど腰の骨折られて再起不能は困りま…ひゃっ…!やめ鬼灯…っ!ふはっあははははっ!」

未だヒサナの腹を抱えていた鬼灯の指先が、脇腹の柔らかいところをまさぐってきた。
驚いてヒサナは身を捻ってそれから逃れようとしたが、鬼灯は手を離すどころか崩れたヒサナをそのまま地に膝をつかせると、仰向けにさせた上に跨がり、これでもかというほどくすぐってきた。
ヒサナはぎょっと目を見開いたが、上に乗られては逃げ場なんて在るわけがない。
鬼灯の手を止めようと、腕を必死に動かすがその合間を縫ってくる攻撃は止まず声をあげて笑うしかなかった。

「はっ…まっ!待ってこれセクハ…っふはははは!」
「聞こえませんねぇ。ここは日本ですから、ちゃんと日本語話してください、よ!」
「話しあはは…っ無理手離し…ははっ!てっ!無理いい」
「同音異義語の理解が困難ですねぇ」
「わかって…くせに…っ!無理っやだぁあはははっ」
「嘘おっしゃい。喋る余裕があるようですから、まだ大丈夫でしょう」

何が大丈夫なものか。
ヒサナが酸素を求めて大きく息を吸おうにも、まさぐり這い回る鬼灯の手に直ぐ様吸い込んだ息を笑い声と共に吐き出してしまう。
供給が追い付かない。
酸欠で死んでしまうと、涙目で笑いながら訴えるが、閻魔大王が何度止めてあげてと声を上げようとも、今度は中々その手を退けようとはしなかった。
ヒサナも着崩れることも構わずに暴れ、乱れに乱れ暫くたった後、少し息を上げた鬼灯も気が済んだのかようやっとヒサナから手を離した。
こんなに擽られたのも初めてだったヒサナは、ただ必死に呼吸を繰り返し、漸く自分の上から立ち上がった鬼灯を睨んだ。

「これに懲りたら、二度とくだらない事で笑わないことですね。あぁ、それと閉廷したら、午後から挨拶回り始めますから私が分かりそうな所に居て下さいよ」

自らの着物を正しながら坦々と言ってのけた鬼灯は、一瞥した後ヒサナに背を向け開廷の支度を再開する。
どうやら逆鱗に触れたらしいと、鬼灯が当人にはどうしようもない理不尽なことで馬鹿にされるのが大嫌いだということを、ヒサナは身をもって知る機会になった。

20150501

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