同時刻:鳥居邸


白いフリルの施されたピンク色の生地のドレスに、海外から仕入れたピンクのヒール。一流のパフューマーに作らせた私だけの香り。胸元には去年の誕生日にお母様から譲って頂いた鳥居家に伝わる、最高宝のネックレス。

着飾った彼女は自宅の長い廊下をタタン、タタン、と踊るように歩いた。
そしてふと、廊下の一面に飾ってあった鏡の前で立ち止まり、自分の姿を恍惚と眺める。ああ、ああ、何て素敵。

「お嬢様」
「あら、いたのね、じいや」
「はい。その格好ではお冷えになります。お召し物を」
「じゃあコートを出して。…そうね、フェイクファーのロングコートがいいわ」
「かしこまりました。それと、お嬢様」
「何?」
「旦那様がお呼びです」
「分かったわ」

今日はアルギット・ファミリーにとって大事な日。あのボンゴレとの会合なんて、お父様くらい実力が無ければ到底不可能だって、皆言ってたわ。しかも相手は一度同盟入りを断った9代目ではなく10代目。噂じゃとても若いらしいけど、若ければ若いほど亜里沙にとっては好都合。だってそうでしょ?こんなに可愛い亜里沙をモノにしたいって思うのは、男として仕方の無い衝動だもんね。

「ふふふっ」

オトしてあげる。ボンゴレ十代目。



「お父様」
「おお、亜里沙か」
「どうかしら?この格好」
「素敵だ!とても似合っているよ」
「…ふふ」
「亜里沙は可愛いから何を着ても似合う」

でっぷりと脂身の乗った腹を揺らした男が、寒気のするような笑みを口元に湛えて言った。

「亜里沙、分かっているね?今日はアルギットの今後に関わる大事な商談だ」
「分かってるわ、パパ」
「まずはあの憎きボンゴレの傘下に入り、徐々に勝ち上がっていく事にしよう。そしてやがては下剋上」

亜里沙の脳裏に一瞬日吉の姿がよぎった。
彼にも今の姿を見せてあげたい。本物の下剋上が何たるかを教えてやりたい。そしてあの、表の日の当たる場所で生きている彼らに真の私の姿を知らしめたい。
(でも、まだ早いわ)
崇められるためには、もっと、
「お嬢様。コートを」
「ええ」
世話係である初老の男が亜里沙の肩にコートをかけた。

「でもパパ、ボンゴレがまた同盟を組まなかったらどうするの?」
「そうなれば、向こうは優秀な組織をみすみす逃したことになる。ボンゴレのトップの器がその程度だったというだけさ…。ないとは思うがね」

さあ、日も傾き始めたわ。

「行こうか、亜里沙」
「ええ」
「今日は素晴らしい日になる」
「お父様とファミリーにとって、ね。私頑張るわ」
「亜里沙は本当にいい子だ」
「パパの娘だもの。一緒にボンゴレを足蹴にしましょう!」
「ハハハ!それはいい」

「いってらっしゃいませ」

二人を送り出した男は、二人を乗せた高級車が屋敷の門扉を出たのを部屋の窓から確認すると、鋭い一撃を壁に打ち込んだ。バキバキ!と壁にヒビが入り天井からパラパラ粉が舞う。

「…ざけやがって」

初老の男のしわがれた声は一瞬にして若々しくなり動きも機敏なものに変わる。荒々しく椅子を蹴り飛ばし、絵画の裏に隠してあった小型のマイクを抜き取る。そして自らの顔を片手でベリベリはがしていった。
現れたのは沢田綱吉の右腕、獄寺隼人。
彼は取り出した携帯で番号をプッシュし、腹立たしい思いを抱えながら小耳に当てた。

「……。俺だ。作戦は成功。アルギットは今屋敷を出た。男は内側の胸ポケットとベルとの裏に銃を仕込んでる…あ?…女?アイツは丸腰だ!」

そう言い捨てて通話を終えた獄寺は胸元から取り出したタバコに火をつけて、天井を見上げた。



「…十代目」


本当なら自分がお傍についてお守りしたかった、が、今回ばかりは9代目の勅令という事もありそうもいかない。だから、不本意だし胸糞悪ィが、あのザンザスに頼る他ない。
十代目を。そして、ボンゴレの血と誇りを…


「――――あんな奴らに、穢させてたまるか…!!」

俺は俺のやるべきことをやるまでだ。
足蹴になんざされねえ。させるわけがねえ。テメェ等は必ずボンゴレの手によって裁いてやる。
「――それまで待ってやがれ、クソ野郎」
空になったタバコの箱を、獄寺はくしゃりと握りつぶした。

Right hand man.

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