私が女子更衣室を出ると宍戸と跡部がざっと立ち上がった。「亜里沙はどうした!」「まさか何かしたんじゃねえだろうな!」はいはい愛され愛して幸せそうですねー。部室には向日の姿もあった。彼と跡部は何とも言えない顔で私を見てきたが、私はそれらを無視して固い顔のまま部室を出た。
準レギュラー達はもう帰ったのか姿はなく、静まり返ったテニスコートを横切ってコートの出口に行くと緑色のフェンスによりかかったジローが寒そうに手をこすり合わせて私を待っていた。


「あ、おかえりなまえ、大丈夫だっ」
「ぶふーっ!!」

私は吹いた。




ひたすらヒーヒー笑っている私をジローは信じられないような目で見ていたが、しばらくして何が何だか分からないながらにつられて笑っていた。この時点で私の設定がパーになったわけだけど、ジロー相手だからまあいいや、とあくまで状況を重く見ない私。

「ひひっ、ご、ごめんね、ジローちゃん」
「あはは!なまえ、メッチャうけてるC−!わかった!それ素でしょ!」
「うん、そう!そうなのっ」

暫く笑い転げた私を、ジローは受け入れてくれた。正直安心した。

そっちのほうがなまえっぽい!
おれは笑顔とっとくなまえより、こっちのなまえのが好きだC−!

きっとジローも楽観主義者なのだ。ニコニコしながらそう言ってくれたジロー。私は彼と向き合って、改めて頭を下げた。
「ごめんね、ジローちゃん、私事情があって"真面目で静かな女の子"でいなきゃいけないの」
「おれには、教えてくれないの?」
「…教えるよ。ジローは私を支えてくれてるもん」

でも、今は教えられない。そう言い切った私をジローはしばらく見つめていた。
しかし少しするとにこっといつものように笑って「わかった!」と頷いた。

「そのうち教えてくれんなら、それでE−よ!」
「…ありがとう」
「あ!でもさ!二人だけの時は『真面目じゃない静かじゃないなまえ』になってほしいなー」

うんっと伸びをしたジローは続ける。

「おれ、なんか嬉しーんだよね!」
「嬉しい?」
「今までのなまえも好きだったけど、やっぱ今思うとどっか違和感あるっていうかさ。素のなまえのがしっくりくる!納得ってカンジだCー」
「それって嬉しいの?」
「うれC−よ!だって、おれのこと信用してくれてるってことでしょ?」

ジローは心の底から嬉しそうにそう言った。

「もちろん。……ねえ、ジロー」
私はジローの顔を見ながら、自分で言うのも何だけど、めずらしく真剣に口を開いた。

「ありがとう」
「え?」
「一緒に戦うって言ってくれた時、本当に嬉しかった。…感謝してるよ」
「なまえ」

つられて真面目な顔になったジローだったが、直ぐに悲しそうに俯いてしまった。ジローの続けたい言葉は何となく分かる。

「…おれはなまえがいなかったら、亜里沙のこと特に何とも思わなかったと思うんだ」
「うん」
「なまえのおかげだよ。でも、わかんない。今みたいななまえだったら、みんな」
「ジローちゃん」

私はジローの口元に人差し指を当てた。
確かに、思った事をストレートに言葉にできないここでの私のキャラ設定よりは信頼度や好感度も上がる事だろう。――だけど、それじゃ意味がないのだ。
上辺だけと思われないためには。
私ですら認める演技力を備えた鳥居亜里沙に打ち勝つためには、この人間設定が一番いい。
ストレートに伝えられない人間からの必死の言葉の方が強い力を持つことを、私は知っていた。


「いいの」

だけどこの全貌を彼に明かすには早すぎる。

「こんな事になるなんて思わなかったけど、私は素でいるわけにはいかないから…。あの状態でどうにかするしかないんだよ」
「……なまえ」
「本当に大丈夫だって!ジローもいるしね」
「…分かったC−。あともいっこだけ、聞いてE−?」
「何?」
「今日ヘリで来た3人ってなまえの友達?
もしなまえが何かあった時、俺がそばにいない時、あの3人はなまえを助けてくれる?」

その問いかけに私は一瞬驚いたけど、にっこり笑って頷き、ジローの手を握った。
――XANXUS
スクアーロにベル。
それだけじゃない。
イタリアにいる、ルッスやマーモン、レヴィ…

「…みんな、私の家族だよ!」

アットホーム・ヴァリアー

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