「日本の授業ってやっぱつまんないなー…簡単だし、屁がでそうだよ」 乙女とは思い難い発言をしながらポケットから携帯を取り出す。コールの最中、屋上のフェンスによりかかりながら眼下に広がる町々をぼうっと眺めた。――イタリアのそれとはやっぱり違う。変にゴチャゴチャしててキツキツだ。…息、出来てんのかな日本人。 「もしも『おせえぞ、ドカス!!』…」 彼女にドカスは無いでしょうが。そう思いつつも口元はふよっと上がる。心配してくれてたんだろうな。自分から電話をかけるような「らしくない」真似は決して好まないこの不器用な俺様は。そう考えるとやはり嬉しくなるのだ。 『首尾はどうだ」 「超順調〜!ま、流石はなまえちゃんってところかな」 『ほざけ』 腰に手を当てて、ポシェットに触れる。その中にはボスにもらった拳銃がしまい込まれていた。できるなら、使わずに任務を終えたいところだ。 「あたしがいなくて寂しくない?大丈夫?」 『いい加減カッ消すぞ』 「ごめんなさーい」 『…早く終わらせて帰って来い、なまえ』 おっと不意打ち。耳から伝わる愛おしさは、じんわりと私の内側に広がって溶けた。私はザンザスの、こういう優しさがたまらなく好きなのだ。 「うん」 『無理すんじゃねえぞ』 「わかってるって」 『じゃあな』 「あ、待ってザンザス…」 『あ?』 少し間をおいて私は口を開いた。大好きだからね、なんて少し真面目に言ってみてから、其の言葉は場にそぐわなかっただろうかと考えなおす。今生の別れでもあるまいし。笑い飛ばされるかと思いきや、ザンザスは数秒間をあけて一言。 「ああ…。俺もだ」 「…!!ザ、ザン」 ガチャッ …切られちゃった。私は携帯をじいっと見つめ、ふと自分の顔がほころんでいる事に気付く。――早く帰りたい。会って、話がしたい。 頑張ろう。心の中で固く決意して、私はさっそく仕事に取り掛かった。 *** 「苗字さんってクールだよね。格好いい〜」 「やっぱり彼氏とかいるのかな?」 「いないんじゃない?まだ日本戻ってきたばっかだし」 「じゃあ今度聞いてみよ!」 ふむふむ。…掴みは上々ってところだわね。なまえは耳に詰めたイヤホンで女子トイレにしかけた盗聴器の音を拾いながらぼんやり空を見つめた。ふと背後に気配。 「あ、ここにいたんだぁ!探してたんだよぉ」 私今音楽聞いてますよー。 あなたの後ろからの声なんてさっぱり聞こえませんよー。諦めて回れ右なさってくださーい! 「なまえちゃーん?」 「!」 私の想いは届かず、亜里沙は私の肩に手を置いた。 驚いた事を装って肩を揺らし、ゆっくり振り返る。片耳からイヤホンを抜き取り、小首をかしげて見せる。 「…何か用ですか?」 「探してたのぉ!もうすぐお昼休み終わるから、もしかして迷子になってるかもって!」 「優しいんですね」 「えへへ…!」 はにかんで笑う様に背筋を寒気がよじ登る。 同じエヘヘでも京子のエヘヘとはえらい違いだ…。どうしようトラウマになちゃう。 「なまえちゃん、音楽聞いてたの?」 私はこくりと頷く。 「そうなんだぁ。どんな曲聞くの?やっぱり洋楽??」 私は紺色のセーターのポケットからウォークマンを取り出して(実はウォークマン型盗聴器なのでした。エッヘン!もちろん音楽再生機能搭載)タイトルを見せた。イタリア語の羅列に亜里沙は首をかしげている。 「亜里沙分かんないやぁ」 「そうですか」 「それより、早く教室いこ!皆待ってるよぉ」 お前が話し吹っかけたんだろ!と心の中でツッコミをいれるが、表面上はただ頷いておいた。亜里沙は馴れ馴れしく腕をからめ「レッツゴー!」と片腕を上げる。正直ドン引いた。 「(あ。)」 腕を引かれる際に、亜里沙の手の平から私のカバンの中へ意図的に滑り込まされたブツ。当然見逃しませんよ。…小型発信器。親しげに近づいておきながら私の仮住まいを暴いちゃおうと。ふうん… (中々やるじゃん。鳥居亜里沙) 油断も隙も与えませんが 発信機は後で野良猫の背中にでもくっつけておこう。 ×
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