「信じてもらえないって、何言ってんだお前」
「お前から暴力受けて、それでも我慢して学校来てる亜里沙のがよっぽど痛いっつーの」
「てか、転校してきて1週間の奴が何言ってんだよ」
「誰もお前なんか信じねーから」

――もうダメだよザンザス。こいつら、何言ったって聞きやしない。亜里沙依存症というか亜里沙教というか。
この学校にバラまかれてるっていう薬と、アルギットとの関連性を裏付ける情報の入手も任務の一つなんだけど、何か私こいつら助けるの嫌になってきちゃった。

(頭痛いし…はぁぁ)
もうこんな嫌な任務ほっぱらかして、イタリア帰っちゃおうかな。傾きかけた思考はそこで一度修正を入れる。無責任な事はしたくないし、何よりザンザスが私に任せてくれた仕事だもんね。
弱気になったらだめだよ、私。


「なまえちゃん…これ、使って?」

私の前に屈みこんできた亜里沙はそう言いながら、口元を歪め、声に出さずに囁いた。
(ざまーみろ)
しかしそれは私の目にしか映らない。
私の目にカメラとか仕込めたら万事解決なんだろうけどな。ボンゴレ技術じゃ出来そうだけど、怖いからやる気はしない。とりあえず腹立たしい事極まりなかった。

私は差し出されたハンカチを受け取らず、ワイシャツの袖で額を拭った。
傷が浅かったのかもう血は出ていない。拭った時の痛みは奥歯を噛み締めて堪えた。亜里沙はこの上なく不愉快な表情をしていたが、最早知ったこっちゃない。


「あんたッ、亜里沙が優しくしてやってんのに」
「…いいよぉ。亜里沙別に、気にしないし」
「亜里沙…」
「ほんとサイテーな奴!」
「お前なんかこれで十分だろ」

投げつけられた雑巾が顔にあたる。

「床の血、ちゃんと全部拭いとけよ」
「そこ私の席の下なんだからさ〜、汚いじゃん」
「机も全部並べ直してね。あ、手袋とかしてくれたらうれしいんだけど」
「お前の指紋ついてるとかキモイしよ」

沸き起こる笑い声。
これは任務これは任務、と心の中で暗示をかけつつも、視界には涙の薄い膜ができた。
何でここまで言われなきゃいけないの
あたし、あんたら守るためにここに来たんだけど

自分よりはるかに弱い生き物にここまでこけにされて、惨めな気持ち、あんたに分かる?鳥居亜里沙…。
――あんたはあたしが絶対に殺す。
心に決めて、私は雑巾を手に床の血をゴシッと拭った。
瞳を乾かすべく瞬きを堪えていると、他の音が耳に入る。クラスの奴らの嘲りの声より遙か遠くから。

「…?」

近づいてくる音を察知して顔を上げる。
視線を窓の方に向けるとやがて2機のヘリが見えてきた。…それにしても、何か低い気がするけど。だんだん高度を落としてきてるような…
(もしかして、ここへ向かってる…?)


想像通り、バラバラバラバラ、と轟音を立てて氷帝の上空に停滞したヘリ。生徒達の意識も当然そちらへ向かう。
なまえもまた痛む体を持ち上げて窓の外を見た。
(ヘリで登校とかイイご身分だこと)
でも氷帝生達の反応からして、そうある事では無さそうだ。

「…え?」

土埃舞う校庭に着陸したヘリから一瞬見えた、黒。
動悸が高鳴る。(なんで)私は人垣を押しのけてベランダから身を乗り出した。(どうして、)

「XANXUS」

見慣れた黒いコートをはためかせてこちらに向かってくるその姿を確認した瞬間、私はベランダの手すりを乗り越えて宙に飛び出した。誰かの悲鳴が聞こえる。大嫌いな奴でも、目の前で死なれたら困るって?ずいぶん勝手な言い分じゃない。
でも、2階から飛び降りたくらいで死んでたら暗殺部隊なんてやってけない。

それに


「相変わらず、無茶しやがって」

逢いたかったよ、
  誇り高き破壊の王様!


怪我の事なんてさっぱり忘れて、私はいつの間にか真下にいた彼の腕に飛び込んだ。

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