「………。」

いつの日かジローに膝枕をしたり、恭弥にお説教をされたりした木下の芝生に跡部はごろりと寝っ転がっていた。

「……何してんの?」
「おせぇよ」
「…」
転がったままの跡部は、顔の上に本を広げているから声がこもって聞こえる。

「何で俺様が一番最後なんだ」
「こんな所にいるからだよ…」
「アーン?」
「……拗ねてる?」
「……チッ」
盛大に舌打ちした跡部は本を顔の上から退けると、とんとん、と自分の隣を叩いた。

「俺様がこんな地べたに座ってんだ。お前も習え」
「え。どんなジャイアン?」
「早くしろ」

言われるがまま、氷帝のジャイアンの隣に腰かける。
すると何を思ったのか、跡部は私の膝に頭を乗せてきた。

「……」
「煩ぇよ」
「何も言ってないじゃん!」
「ジローはよくて俺様がダメとは言わせねぇ」
「…だから言ってないってば」

それでも少し笑ってしまったのは、不貞腐れたように目をつむった跡部の耳がほんのり赤かったから。


私は木の幹に背を持たれかけながら、そびえたつ校舎を見つめた。
(2週間…ちょい。かな)

私の学校はずっとヴァリアーだった。
殺しのいろは。知識に教養、世界の言語に+α。なにもかもヴァリアーで身に着けたから、学校に通ったのは実はこれが初めてだったりする。
簡単すぎる授業は実にならなかったけれど、平和惚けした『学校生活』を身近に感じることはできた。ぼんやり居眠りしながら。せわしなく走るシャーペンの音をききながら。

――ふつう。って、こんなののことなのかな。
なんて思ったりして。


(なんやかんや、ちょっとは楽んでたのかな。…あたし)


「…なまえ」
「ん?」
「苗字なまえ」
「(フルネーム!?)…なに?」

「これは、偽名じゃねーんだよな」

何をふざけているのかと思ったが、跡部の顔は至って真面目だった。
「うん」
「…そうか」
「どうしたの、急に」
「……」

跡部は腕を伸ばし、私の頬に触れた。
そして

「痛ででででで!!」
「本物か。」
「なにすんだばかたれ!!ひーん…本気でひっぱりやがって…」
「ベリベリ剥がれるかもしれねぇだろ?」
「剥がれないわ!ルパンじゃあるまいし!」

頬をさすりながら講義する私を見上げ、跡部は声を上げて笑った。
年相応な彼の姿に私はポカンとしてしまった。

「ハハ、悪いな。」
「……もう。」
「ちょっと確かめたかっただけだ」
「確かめる?」
「ああ」

再度伸ばされた手に反射的に首を引いたが、もうやんねーよ、と前置きされて今度は優しくなでられた。
なんだこいつ…。


「お前は性格も年齢も経歴も偽ってここへ来た」
「…うむ」
「もし顔や名前まで嘘だったら、お前がイタリアに帰ったら最後、俺達には『お前』が何もなくなっちまうからな」
「あ………。」

その時、跡部がほんの少しさみしそうに眉を下げるのが分かった。

「氷帝のキングともあろう俺が、情けねぇだろ?」
「…跡部」

「だが、お前は正真正銘『苗字なまえ』で、俺達の知ってるこの『勝気で生意気そうな顔』は本物だ。もう一瞬たりて不安にならねぇから安心しろ。」

「…………跡部はさ」
「アーン?」
「ザンザスに似てるよね」
「……ハ?」

似てるよ、うん。

自分勝手で横暴でやること成すこと唐突で、しかもなんかぶっ飛んでるとこ。金銭感覚が有り得ないほど狂っててるとこ。根拠のない自信に溢れてるとこ。でも、それにちゃんと人がついてくること。

「自信が実力に伴ってるところ」
「…」
「他人に厳しいけど、自分にはもっと厳しいところ」

「勝利に貪欲なところ」


「自分を絶対に信じてるところ。」




「……ハン。変わった惚気じゃねぇの」
「あれ。褒めてたつもりなんだけど」
「奴をか?」
「どっちも」
「…くっく」
「え?」
跡部は体を起こして震えながら笑っている。
「はっはは!おまえ、ほんと変な奴だな」
「ええ!?」
「アイツは暗殺部隊のボスだろ」
「あ!に…似てるってあんま嬉しくない!?や、でもでも…ザンザスだよ?」
「褒め言葉と信じて疑わねぇとこがお前らしいぜ」
「だっ、だって…ザンザスは最上級だし…」
「フッ…やっぱり惚気じゃねぇか!」
「いひゃいいひゃい!」

ひっぱらないと言ったくせにもう一度私の大福ほっぺを容赦なく引っ張った跡部。満足そうに立ち上がり、私に手を差し伸べた。


「この俺様を散々上から目線で褒めやがって。生意気な奴だ」
「おまえ年下だかんな」
「たかが2、3年な。あんまり年上ぶってると」
「、」

掴んだ跡部の手に引き上げられて、急に視界が陰る。

「足元。すくわれるぜ?」
「…――――!!!」

唇、の、すぐ隣にキスされた。


「あ、あ、あと、あとあとべおま」
「アーン?…ああ、口元だったか」
「そういう意味じゃねーー!!キャーギャー!なまっなまいきだこいつ!」
「くくくっ…!(こんだけで茹でダコとか、ほんとにあいつの恋人かよ!)」
「今なんかばかにしたろっ!」
「してねーよ。」
「ザンザスにぼこぼこにされてもしんないかんね!」
「アーン?なまえさえ言わなきゃされねぇだろ?」
「なっなま、なまいき!チクってやろうか!」
「お前は優しいから無理だ。俺には分かる」

私は手でパタパタ顔を仰ぎながら(不覚にも。不覚にも赤くなってしまったから。)跡部を睨んだ。

「あたしは優しくなんかないよ。」
「馬鹿言え。優しいだろ」
「やさしくないって!」
「優しいよ。

 自分に優しい奴には、甘すぎるくらいな」
「、ッ!!!」

「お前が今日俺達から逃げた理由、あててやろうか?」

勝気に笑みを浮かべた跡部が人差し指を突き立てる。


「お前はあいつらが本当はどれだけ誠実で、真面目で、気の良い連中かなんとなく気付いてたはずだ」
「…べつ、に」
「だから逃げた。好きになるのが嫌だったんだろ?」
「……」

「………はあ。」
私は溜息をついた。

「ほんと、…怖いくらい鋭い時あるよね」
「俺様はキングだからな」

鼻高々にそう言った跡部に、何それドン引き。と言おうとしたけど、うちにも同じような名台詞をしょっちゅう吐いている奴がいることを思い出したから止めた。


「で。どうだ?うちのレギュラー陣は」
「………馬鹿ばっかりだった」
私は視線を逸らして口を尖らせたが、跡部はふっと笑って「そうか」と告げただけだった。




「なまえ」
跡部は急に真面目な顔になり、私に右手を差し出した。

「お前にはもう一度礼を言う。」
「…跡部まで」
「いいから言わせろ。……氷帝学園生徒会長兼、テニス部部長として。」

「…」

自信と使命感に満ちた表情の跡部。
私は、そっと彼の右手を握った。嬉しそうに目を細める跡部。(うん。)

「………―――Grazie」

「…ふふ」

(初めて会ったあの日より、君はずっと大人びた)

「Prego!Giovane re.」
どういたしまして!若き王様

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