「あ。樺地」
「ウス…」

下駄箱のところに行くと3年の下駄箱の前に、何をするでもなく樺地が立っていた。

「(置物みたいだったな…)何してるの?」
そう尋ねると、樺地は揃えて置いてある私のローファーを指差した。

ぽく

ぽく

ぽく


チーン


「私の靴がある場所に居れば私が来るだろうから、樺地お前ここでアイツ見張っとけ。アーン?…ってどこかの俺様に命令されたのね」
「……ウス」
「可哀想に…。」
そう言えば樺地にはいろいろお世話になったな。

「…そうだ樺地。ちょっとおいで」
「?」

大きな彼の手を引いて、私は階段を登った。
(確かこのへんに…)

「あった!」
「…」

自動販売機の前に樺地を押し出しすと、彼は困惑気味に私を見下ろした。

「何回も担がせちゃったからね。そのお詫びとお礼」
「……もらえません」
「そんなフルフル首ふんないでよ。遠慮とかもいらないし。あ、さすがに120円は安すぎかな…?」

私はそもそもこの学校に自動販売機があったことに驚いていたくらいだ。
(だから場所を記憶していたのである。)

「そういう…わけでは…」
「ほらほら。どれがいい?」
「……じゃあ…」
「…」

樺地が指さしたのは「をーい、お茶」のペットボトルだった。
期待を裏切らない男である。
ガコン、と落ちてきたお茶を取り出して、そのまま樺地に握らせる。


「ありがとうね。樺地」


暫くの間、樺地は視線をお茶に落としていたが、やがて私に顔を向けてほんの少しだけ微笑んだ。初めて見た樺地の笑顔である。

「………苗字先輩」
「、ん?」
「……氷帝は、もっと…強くなります…。だから


 …また 来てください……!」


「…」

私はきゅっと口元を上げて、右手を掲げた。
樺地は一瞬固まったが、おずおずとそれにならって自分も上げる。


――パチンッ

静かな廊下に、私達の手が打ち鳴らした音が響いた。


「――…期待してるよ!」
「、ウッス!」

向上心の高い彼等なら、きっとすぐにでもまた腕を上げるはずだ。
樺地にも向日にも約束しちゃったから、もしかすると、私がまたここへ来る日はそう遠くないのかもしれない。

(…ところで、跡部は?)
(跡部さんなら……)

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