デ ジ ャ ブ !


よくみたら教師もあの時のオッサンだし…。何これ。どんな展開?クラスの奴らもなんでそんな楽しそうな顔でこっち見てんの。

「ちょ、や…やだよあたし帰る。」
「…逃げんのか?」
「……あ?」
「激ダサ、だぜ」
「………。」


心のゴングと共に黒板に向かう私。視界の端に満足そうな教師の姿が映り、チッと舌打ちを送ってやった。――でも。「学校で授業」ってのも、これが最後か。そんな考えも胸を過る。
黒板の前に立った私は、カチンと全身の動きを止めた。

「…」
やべ!これ、教わってる時期丁度スクアーロとの修行がピークで…記憶が曖昧なところだ!あんまり自信ない!てか、あれ…記憶ない。
そうっと視線を横にやって宍戸の前の問題を見る。
――似てる…けど、まだあっちのほうが解けそう!

(でもなー交換してっていうのも…激ださだし…どうしよう、やべ)

武装集団100人の中に生身で放り出された時よりピンチ感が上回る、と思っていると、宍戸と目が合った。心なしか奴も全身から汗が垂れ流しだ。

「………トレードしねぇか」
(い、言いやがったー!!!)
「…俺昨日向日の長電に付き合っちまった所為で、丁度この問題だけ予習してねぇんだよ。そっちならまだ…」
「そ、そう……しかたないなぁ」
(助かったー!)
教卓の前で位置を変わりながら、私はふと思う。
(なにしてんだ。あたし。)
しかし始まってしまったものは仕方がない。こーしてこーして、確かここの式をあっちに……

「おい。お前大丈夫かよ」
「…何が?」
「その問題、けっこうむずいぜ」
「…余裕だし」
「へー」
「そこ!喋ってないで手を動かせ手を!」
ちくしょう。宍戸め。
「宍戸」
「あ?」
「その式、一行目からすでに間違ってると思うけど?」
「!」
「そこの符号絶対マイナスだから。」
「………。」
黒板を見て固まる宍戸に、大丈夫?と訪ねた。

「その問題、けっこーむずい、ですけど」
「………あのなぁ!」

宍戸は眉を吊り上げて、自分のチョークで私の計算式を叩く。

「言っとくけどお前のコレも絶対ミスだぜ!」
「は?ちがうし!」
「2乗じゃなくて3乗使うんだよ!」
「ハァ!?中学生が3乗使うわけないじゃん」
「氷帝ではそこまで教えてんだって」
「…」
「ハッ、激ダサ」

分からないならグラフも描けよ、と挑発してきた宍戸。
私の中で何かが燃え上がった。


「あ!宍戸のミスもいっこ見っけ!」
「なっ」
「ここは絶対こうやるんだって」

カッカッカッカ

「いや!それは間違ってるな、正しくはこうだろ」
「馬鹿じゃん?ちょ、教科書持って来いし」
宍戸が自分の机に教科書を取りに行っている間に、私は一番前の席の子のノートを盗み見た。
「え、こここうやんの?(超小声)」
「え…はい…たぶ」
「あ!!お前カンニングかよ激ダサ!」
「ちがうよ。教科書借りようとしてただけだよ」
「今こいつのノートガン見してたじゃねぇか」
「見てないしー?言いがかりとかマジ激ダサ!」
「何だと」

「喧嘩するな!手を動かせっ!それともっと見やすい字は書けんのかお前ら…!」



「―――…だから、つまりこの式は正解ってわけ。」
「…成程な。じゃあここは?」
「え?んんん…たぶんこの方程式で」
「分かり辛ぇ!グラフ描いてみようぜ」
「Si」
「この曲線の〜」


「できた!あ、っじゃあこっちの問題もそのやり方使えんじゃない??」
「いや、そこにはコレよりも119ページの…」
「ちょ、あたし教科書ない」
「そこら辺の奴に借りろよ。てかさっき借りてたろアレ嘘かやっぱり」
「あ、ごめん借りていい?」
「聞けよ」


「こうだ!いや待てよ、あたしはもう間違えない!」
「おう!ここの符号を裏返して」
「イコールで結ぶ方程式っと…」
カッカ

カッ…。

「できた……これで、

「ゲームセット!!」」

どちらともなく手の平をぶつけた。それにつられて教室中が歓声を上げた。拍手も響く。
改めて黒板を見れば、センターラインから右も左も、数式とグラフで埋め尽くされている。(途中見にくくなって色を変えたから中々カラフル。)

先生はうんうん、と私達二人に頷きかける。

「二人とも、よくやった!こんな複雑な数式をよく連ねたもんだ」


「苗字先輩!」
前方の扉が勢いよく開いて、鳳が飛び出してきた。突然の後輩の侵入にざわめく教室内で、鳳は宍戸の傍に駆け寄った。

「宍戸さん。苗字先輩を借りてもいいですか」
「ああ。いいぜ」
「オイ!」
「ありがとうございます」

嬉しそうに頭を下げた鳳は、
「行きましょう、先輩。」と爽やかに私の手を取って歩き出した。
もう…抵抗する気もないよ


「…―――なまえ!」
教室を出る直前、宍戸に呼び止められる。
驚いた私が振り返ると、宍戸は帽子を脱いでニッと笑った。


「…サンキュー、な!」


どうしよう。一瞬迷ったけど、私は小さく手を振った。逃げるように教室を出てから鳳と並んで歩く。鳳は「あの」と口を開いた。
「僕、さっきの二人の式を見てたんですけど…」
「?」






***なまえが去った後の教室で。


「宍戸。苗字。お前ら二人は本当によく頑張った。……だがな」
「?」

「この問題も、この問題も。一発で解ける公式が120ページに乗ってる」

「………は!?」
「この長い数列を使わなくても、こっちの問題にはこの公式」
カッカッカ
「次の問題には、こっちの下の公式」
カッカッカ
「…」
「これで一件落着。三行で済む」
「な……んな、馬鹿な話が」
「だから公式は覚えとくと得だぞー。お前らもいいな?苗字達の式はいい例だ。気をつけろーはっはっは」

「……」

同時刻。
絶望に崩れ落ちた生徒が二人いたことは、神のみぞ知る事なのであった。

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