鳥居吾郎と鳥居亜里沙の葬儀は秘密裏に行われた。氷帝学園生徒、及びその関係者の立ち入りは一切許されなかった。
それはボンゴレ九代目の配慮であった。

幸いなことに今回の事件では死者はこの二人の他に出ず、全員が無事に家に帰れる結果となった。跡部が行った校内放送により、今回の件の他言は許されないと全校生徒に告げられ、そして彼らはそれを律儀に守っているらしい。
ボロボロになった体育館や校庭、テニスコートの修復も順調に進み、氷帝学園は元の姿を取り戻しつつあった。



「行ってきまーす」
「待てドカス」
「おわっ」
後ろから抱きこまれ、ザンザスの顎が頭頂にめり込む。
「いていていててて…」
「忘れてねぇだろうな」
「わす、忘れてないよ痛いよ!?正午には必ずここへ戻れ、でしょ」
「そうだ。戻らなかったら置いてく」
「絶対戻るわ!」

ザンザスに解放され、よろけながらも私はローファーに足を通した。
振り返って、いつも通り不機嫌そうなザンザスの頬にキスを贈る。
「いってくるね」


食堂から何かの割れる音がした。ルッスーリアの悲鳴も。何やら面倒事に巻き込まれる前に、と私は扉を押し開けて玄関を出た。


「んー!いい天気。」




緑色になった桜並木。車通りの多くも少なくもない車道の端を自転車がすいすい抜けていく。真っ青な空をスズメが馬鹿みたいにバタバタ羽ばたいて横切り、すれ違った初老の男性に「おはよう」としわがれた声をかけられた。ぺこりとお辞儀を返しながら、私はぼんやりと欠伸を漏らす。

(平和だなぁ…)


学校が近くなると、私を見てぎょっとする生徒達を何人か見かける。
彼らからしてみれば、数日ぶりにこうして氷帝学園の制服に身を包み、何事もなかったかのように登校し始めた私は、明らかに驚愕すべき存在なのだろう。
(でも、そんなオバケを見るみたいな顔しなくてもいいじゃんね。)

「お、お早うございます…なまえ先輩」


見た事もない女子生徒が二人(多分年下)、果敢にも私に挨拶をしてきた。
驚いた私が一瞬言葉に詰まる間に、二人はぴゅうっと逃げるように走り去ってしまう。そんな彼女達を見て、私はふとミドリの事を思い出した。




あの後、ミドリという生徒の事を跡部に調べてもらった。――すると驚くことに、そんな生徒は氷帝に在籍していないという。彼女のいた痕跡も、彼女を認識する生徒も氷帝にはいなかった。

私は山本に頼んで、ミドリの言っていた「ケンちゃん」に会うことにした。

彼の方はしっかりと実在していて、彼の横には一人の少女がいた。

少し太った女の子で、
名前を『緑』という。



**



「私、ケンちゃんが氷帝で虐めを受けているって知って、氷帝に入学しようとしたんです。ケンちゃんの復讐をしようって。……だけど、止めました」
「俺が止めたんです。そんで、俺は並盛に転校するからお前も来いって。」
「だから私、その鳥居サンって人の顔…見た事ないんです。悔しいけど、正直…怖かったし………。でも、なまえさん!」

彼女は私の手を両手で握って、泣き出しそうな顔で笑った。

「なまえさんが、ケンちゃんの無実を晴らしてくれた…!」
「…そんな、私は」
「いいえ…。だってあなたがいなかったら、ケンちゃんは一生汚名を着せられたまま生きていくしかなかった。どれだけ時間が経っても、きっと、心は傷ついたままだった」
ぼろっと涙を溢す緑ちゃん
「………一昨日ね、ここに岳人達が来たんだよ。」

彼は緑ちゃんの頭を撫でながら、それを思い返すように目を細めた。



「あいつら、すげー謝っててさ。俺…殴ってやろうと思ってたんだ。最初は。」

でも無理だった。
そう続けた彼の顔に後悔の色は浮かんでいない。

「結構…時間が経ったろ…?その間に、俺の中にあった怒りっつか…そういうのは薄れちゃててさ。寂しさ…だけだったみてぇ。岳人が泣いてんの見て、俺までボロボロ泣けてきちまったよ」

彼は頭から野球帽を取り、私に頭を下げた。




「ありがとう。」

「俺達の隙間を埋める、手助けをしてくれて。――――ありがとう」


***

私は自分の目的の為にこの計画を成功させたわけで、彼らの事を思ってやったわけじゃない。しかし仮にその場でそう言ったとしても、彼らは笑ってまたお礼を告げるのだろう。
ミドリに関する情報は一つも得られなかった。
それでも私は、あの二人が本当に嬉しそうにしているから、こっそりと安心してしまったのだ。

よかった。
彼らは無関係なのだ、と。
「到着。」

私は回想にピリオドを打ち、目の前にそびえる白い建物を見上げた。
…さあ、最後の登校をしようか。

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