「誰か!!…誰か、亜里沙先輩を!」 鳳の声ではっとした私は急いで亜里沙に駆け寄った。 忍足に抱えられながらゼエゼエと荒く呼吸を繰り返す亜里沙の制服をまくる。銃弾は胸を貫通していた。血の量から見て、心臓の脇の動脈を掠っているのだろう。一目で、手遅れだと分かった。 「なまえ!亜里沙は…!?」 「苗字先輩ッ」 「…。見て」 私の言葉を聞いて、周りに居たレギュラー達が私の視線を辿った。 亜里沙はガクガクと震えながら腕を持ち上げ、白い人差し指で自分の口元を指差した。 「…!!」 亜里沙はそこで、血の気の失った唇の端をほんの少し上ずらせてみせた。 ずるりと力の抜けた腕が重力に従って地面に落ちていくのを、私はじっと眺めていた。 「…り、さ…ありさ」 「おい…!」 「せん、ぱい!!」 「ッ亜里沙アアァ!!!」 レギュラー達の悲痛な叫びを聞きながら、私は立ち上がった。 ステージの上で綱吉やリボーン達に囲まれながらも悠然と笑みを絶やさない少女に、近付いていく。 「………ふふ。どうして怒っているんですか?なまえ先輩」 「……」 「まさか情なんて感じてないですよね。その女は、あなたを散々苛めてきたんだし。あの男も…鳥居も、おいおいは殺すはずだったのでしょう?」 「……何者なの。」 「いやだわ、先輩もご存じでしょう?…ミドリですよ。 忘れちゃったなら覚えておいてくださいね。 いずれ貴女を殺す女の名ですから。」 私が銃を構えるより早く、オレンジ色の銃弾が物凄い破壊力をもってステージに直撃した。 「ザンザス!」 「気ィ抜いてんじゃねぇ。…見てみろ」 しかし、黒く焦げたその場所に、彼女の死体は無い。その代わりに不気味な声だけが、体育館内に響き渡った。 『悪が悪を裁ける筈が無い。これは警告ですよ先輩。――いつまでも、護ってくれる相手が傍にいると思わない事ですね。』 いくら周囲に視線を巡らせてみても、声の主どころか気配も見当たらない。 躍起になって「出て来い!」と叫べば、クスクスと嘲笑うような声がそこかしこから聞こえてきた。 『勝ち目がありませんので今は引きます。』 「待って!!」 『では…御機嫌よう。』 彼女の声が煙のように消え、体育館には不自然な沈黙が訪れた。血の匂いに混ざって「彼ら」のすすり泣く声も聞こえる。 まだ近くにいるはずだ、と数人が慌ただしく出て行った後も、それは途絶えることは無かった。私は拳を握り、焼け焦げたステージを睨みつける。 分からない、 いつ。 どこで彼女は… はじめから……? 「なまえ。」 呼びかけられてハッと上を向くと、ザンザスの瞳とかち合った。 言葉を返す間もなく手を引かれザンザスと一緒に体育館の外に出る。ロータリーには黒塗りの車が所狭しと並び、捕らえたアルギットの部下達を車内に押し込む人がいたり、戦闘後の一服をしている人がいたり、色んな人間がひしめき合っていた。 そんな中を、私とザンザスは手を繋いで足早に歩く。 車と人の群れを抜け、渡り廊下の下をくぐり、校庭を突き進み、テニスコートの傍まで来た。 並んで数本立っている木の幹にそっと寄り掛かる。 ザンザスは傍のフェンスにもたれつつ、校舎の方に視線を向けていた。 「…どうしたの、ザンザス」 どうしたの、なんて馬鹿な質問だ。 ザンザスは私を一瞥すると、少し考えたふうに黙った。 「…――あそこは、煩ぇ」 嘘吐け。耳鳴りがする程静かだったじゃない。 ザンザスが適当につけてくれた言い訳に小さく笑って、私も彼の隣に並ぶ。 「…。」 亜里沙が殺された。 あの少女によって。 あの子は、亜里沙を恨んでいた。(だから殺したの?) あの子は、私を殺すと言った。(その理由はなに?) あの子の、ミドリの、言っていた過去はどこまでが本当?どこからが嘘? 分からない。 「……」 分からないから、 ちょっとだけ考えることを放棄しよう。 「…ザンザス」 私達の頬を、生ぬるいような、涼しいような風が撫でる。ザンザスの髪飾りが揺れた。 私の隊服がはためいた。どこからか、血の香り。 「…………疲れたね。」 終焉 ×
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