『さぞ惨めでしょうね〜。あ、でも亜里沙恨むのは筋違いだから』
『だって亜里沙ちゃんと忠告したし?こうなったのはあんたの自・業・自・得!』
『でも学校辞めたりしないでね。亜里沙の下僕が一人減っちゃうから』


「手の込んだ真似しよるな、自分」
スピーカーから流れ出てくる声に掻き消されないように、苗字に向かって吐き捨てた。
「これが亜里沙?信じろ言われたかて信じられるわけないやろ。バカか」
そこかしこで賛同の声が上がったが、苗字は腕組みをして画面を見つめたままだ。

「ゆ、ぅしぃ…」

ほら見い。
亜里沙だって、あんな顔真っ青にして震えて…。


「大丈夫や、亜里沙。誰もこんなん信じへんで」
「う、う…ん」

『………いいわ』
「?」
『あなたには、たっぷり後悔させてあげる』


つんざく様な悲鳴が響き渡る。
『ぁ、げほっ…た、すけて!!!なまえちゃん、が…キャァ!!!』
自分で携帯を踏みつける亜里沙。の、ニセモン

『1分よ。亜里沙の忠実で馬鹿で偽善者ぶった駒達が、あんたを消しに来る』

「苗字!!もう止めろ!」
「こんなマネしたって誰もお前なんか信じねェぞ!!」
「そうだ!」
「亜里沙がかわいそうよ!!」

『逃げたって無駄よ!!アンタはもうとっくに罠にハマったんだから!!キャハハッハ』


「――ッ苗字!自分、いい加減にせんと」


苗字はこちらを振り返り口元に人差し指をあてた。頬に僅かに微笑を浮かべて。―――…誰もが一瞬言葉を失う。その表情が、あまりにも柔らかくて。

「その凝り固まった心。あたしが今からほぐしてあげるよ。……忠実で、馬鹿で、偽善者ぶった駒の君らの、さ」

苗字が再びスクリーンに目をうつした。
今すぐ苗字を殴り飛ばして、あの場所から引きずり落として、このふざけた映像ごと破り捨ててしまえばいい。
「…」

――なのに…
なぜか、俺の手足は、動かない。
目がそこから離せない。

「…亜里沙」

画面の中で亜里沙は笑っていた。俺の、俺達の知らない笑顔で。

(…なんや)


やっぱり、別人やんけ


***


亜里沙が悪いと知っていても、心の中でほんのわずかに、ほんの、わずかにだが、あいつを信じている気持ちがあったのかもしれない。いや…
信じていたんじゃない。…信じたかった。


『アンタ、何のつもり!?呼んでって言ったじゃない。勝手にドリンク配り終えて、亜里沙がサボってると思われたらどうすんのよ!』


ああ


『…その態度、気に入らない』



ああ。

なんだ。

そういう事だったのかよ。


――亜里沙がなまえに飛びかかり、苗字を巻き添えにして転んだ。部室に駆け込んできたのは、俺達。
ここから先は、全部繋がる。

『た、すけて、皆!!なまえちゃんが急に殴りかかってきて』

『大丈夫か!?亜里沙っ』
『何やってんだよテメェ!』
『…現行犯じゃねぇか、苗字』

『やってません…』
か細いなまえの声。
なまえに対峙する俺達のその後ろで、守られるようにして、立っている亜里沙の歪んだ口元。
(クソ…)
耳を塞ぎたくなった。
目を覆いたくなった。

俺がこの後何を言うかなんて、思い出したくもなかった。



『もう信じられねーよ。…お前、狂ってるぜ』



狂ってたのは、俺達で。あいつだったのに


哀訴嘆願

(こうして気付かされる前に、気付けてよかった)
俺達がなまえにやったことは償いきれるものじゃないが、それでも、面と向かって謝れてよかった。

――せめてあいつらの役に立とう。
俺はそう心に決め、視線を前に戻した。

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