『目には目を、歯には歯を。…なまえチャン。この意味知ってる?』
『日本のことわざです。意味は…報復、制裁…』
『そう。分かってるじゃない』

クスクス、クスクス


『私のテリトリーに足を踏み入れた罪。私の玩具達を奪おうとするその醜い心に、制裁…しなきゃね』



「…嘘だ。」
「………」
「あいつがデマ流してんだよ。クソクソ…苗字の奴」
「…」
「…っおい!宍戸!」

向日が俺の胸ぐらを掴んで揺さぶった。

「何で、何も、言わねーんだよ!!」
「……」

『なまえチャン…今朝亜里沙を助けてくれたでしょ?』
『アレ実は亜里沙の自作自演なんだけど』

「まさか宍戸お前、こんなの信じてんじゃねーよな!!?なあ!」

『何でって顔ね。理由は簡単・アンタをハメるため。』

「嘘に決まってんじゃねーか!亜里沙がこんなこと言うはずねーよ!」



『…でもあの時亜里沙思ったの。

 ――こいつ、手駒にしたら使えるかも…ってね』

亜里沙がスカートのポケットに手を差し入れ、何かを取り出した。
少し小さくて見えにくいが、それは緑色をした指輪だった。

『私のパパ、マフィアのボスなの。…これはアルギットファミリーの幹部だけが持つことのできるリング。アルギットリングよ』


マフィア?
ファミリー?

亜里沙、お前何言ってんだよ。


『あなたが私に忠誠を誓い、今後従順な働きをしてくれるっていうなら、仲間に入れてあげても…』
『お断りします』
『…何ですって?』
『お断り、いたします。マフィアだの何だのには、テニスや、跡部景吾や、その他もろもろの何より興味がありません』
『…』
『あなたの本性はよく分かりました』

画面の中のなまえは凛としていた。


『あなたがどれほど粋がっても、所詮中小マフィアに出る幕はありませんよ』


俺は弾かれたように、走り出した。跡部のクラスの列を探し、人をかき分けて進む。
「……っ跡部!!」
「…宍戸?」
「これ、……これは」

「…何一つとして嘘はねぇよ。」
俺が保証する。静かに告げられた言葉に、絶望を感じる。

亜里沙がマフィアの娘だとかそんな現実離れしたことよりも。まず、今目の前に突き出された、見紛う事なき「現実」に。俺達の知らない亜里沙に。足元から崩れ落ちそうになった。
「――…」


今だけだから助けてほしい、

そう泣いたなまえを、

あの時


信じてやれば、






***


『せいぜい苦しませてあげる』

亜里沙先輩が倒れていく。
自分から。
長い長い階段にむけて、落ちていく。

苗字先輩は、手を伸ばしていた。悔しげに顔を歪めて。


状況だけ見れば誰でも疑うだろう。苗字先輩が亜里沙先輩を救おうと伸ばした腕は、亜里沙先輩を突き落とした悪意のそれと見間違われた。
真実を告げようとする必死の糾弾は、忍足さんの問責に掻き消えた。
引きずるようにして連れ去られた第二音楽室で、俺達はあのひとになにをした

呼吸の隙間に、絶え絶えに言葉を押し込んで、俺達に伝えようとあがいた彼女に、…

(私はやってない)
(何もしてない)
やってない

やってない…!!


「……」



「どうして謝るんですか?…
 いなくなればいいと、思ってるのに」


「ふふ。…ほんとに…意地っ張りですね」


「気をつけて。」


使い古した感情
「…先輩」

俺は一体、あんたの何を見てたんでしょうね

top
×