レギュラーが飲み終わったドリンクを回収し終え、次は準レギュの方へとカゴを運ぶ。
休日の部活ではドリンクの入れ替えは2回行われるが、平日の放課後は時間が短い為1回で、かわりにジャグを置いておく決まりだ。


「なまえ先輩!」
「わ…」
後ろからさっと現れた人影に、腕の重みは持ち去られていく。
見上げると、労うような微笑みが向けられている事に気付く。

「言ってくれれば運びますから」
「…すいません」
「ちょ、謝らないでくださいよ!」
「あ!お前何抜け駆けしてんだよ!おい皆ー!苗字先輩がドリンク持ってきてくれたからな〜」

彼の一声により、聞こえる範囲にいた部員達はお礼と笑顔をこちらに向けてくれた。
相変わらず、準レギュの皆は優しい。もうずっとここにいようかな。そう考え始めていたころ、耳慣れたテンポの小走りが私の鼓膜を小さく揺らし、気付いた私は一瞬舌打ちを仕掛けた。

(こっちくんじゃねーよ。マジで。おねがい。)


しかし奴は、私のお願いなんて総シカトである。
腕にいっぱい抱えたタオルを持ってこちらに駆け寄って来ると、キャアッと一声上げてよろめいた。


「っと」
それを一番近くにいた2年生が支える。
亜里沙は恥じらいながら顔を上げ、いつもの「男」に向ける微笑みを浮かべてみせた。

「ご、ごめんねぇ」
「いえ」
「亜里沙ぁ、タオルもってきたから!汗かいた人使ってね」
「ありがとうございます。」
「あ、俺持ちますよ」

彼と視線を交わした、おそらく同学年であろう青年が亜里沙からタオルを受け取る。それをジャグが置かれているベンチに落とさぬよう丁寧に置いた。


「わざわざありがとうございました」
「ううん、だってぇ、亜里沙は皆のマネージャーだもん!」
「優しいっすね」
「そ、そんなことないよぉ」
「どうもでした!それじゃ!」
「え?」
「あ!そうだなまえ先輩、この前俺達に個々の欠点教えてくれたじゃないっすか」


突然話を振られたため一瞬何の事だか思い出せなかったが、少しして思い当たるものを見つけ、頷く。

「あれから練習メニュー変えたりしてみたんすけど、自分じゃ改善されてんのかいまいち分かんなくて…」
「まあ打ちやすくなったのは確実なんですけどね!」
「おれもっ!コースよくなったって言われます」
「…それで、ちょっと見ててほしいんです。お願いできますか?」

「それはかまいませんけど」
ちらりとレギュラーの方を見れば、二年生達はからからと笑った。


「大丈夫ですよ!跡部先輩達の方には、ほら、鳥居先輩がいますから!」
「鳥居先輩、すんませんけど、苗字先輩借りてもいーですか?」

亜里沙は咄嗟に頭を上下に振ったらしい。
だが亜里沙と私の間にある数人の人壁のせいで、その様子はうかがえない。

「あざっす!じゃ、よろしくおねがいしますね!」
「え…あっうん」


伺えずとも、亜里沙の呆然とした様は手に取るように分かった。

準レギュ達と仲良くする私を見て苛立ち、優位を見せつける為にこちらでもちやほやされようと出向いて来た次第であろう。
だが想像とは打って変わって、形ばかりのお礼やお世辞。
自分の笑顔に頬を染める様子もなければ、自分を空気のように扱い、なまえなまえとにくいあいつの方へばかり寄っていく。あげく、追い出すかのように背中を押されてレギュラーのコートへ戻された。


「……」

亜里沙の殺気は、今日もこの身に痛い。





「ったく、何が皆のマネージャーだよ。」
「いつもこっちほったらかしじゃねーか」
「なまえ先輩の洗ったタオル、ぶちまけられる前に助けられて良かったです」
「え?」
「ほら、先輩どうぞどうぞ、座ってください」

ジャグとタオルの山の隣。置いてあった誰かのスポーツバックを押し退けて作られたスペースに、私はストンと座らされた。

「先輩はここで、俺達のこと見ててください」
「いえ…ですが」
彼らの気持ちは嬉しいが、私がここに座っているだけで気に障る人物が数名あちらにいる。しかし私の不安を見透かしたようにその言葉は続けられた。


「大丈夫です!忍足先輩達に何か言われても」
「鳥居先輩が快く許可したって、オレたちが証言しますから」

「だいたい、都合良すぎなんすよあの女!」
「跡部さん達が苗字先輩の味方になったから俺達に取り入ろうなんてよー!」
「おいバカ、中指立てんのは止せお前ら!あっちに見えたら事だぜ」
「しるか、そんなん!」

さっきのを見ていたのか、コートにいた他の準レギュも数人「先輩大丈夫でしたか?」「何もされませんでした?」とぱらぱら声をかけに来てくれた。
なんてこった。
亜里沙の人望がここまで薄いとは思わなんだ。…ドンマイ、亜里沙。



「………向日さん達に殴られて、先輩の体が痣だらけだって聞きました」
「!」
「嘘じゃないと、俺達は思ってます」


「俺達も先輩を助けたい」
彼らの真剣なまなざしに、私はそっと息を飲んだ。
「…みんな」

「球拾いも、ジャグ運ぶのも、コート整備も、ぜんぶ俺らでできますから」
「苗字先輩はそこで座って俺達を見ててください」
「ただ見ててほしいんです。」

・・そっか
「………うん。」

(思いやる笑顔って、あったかいなぁ・・)
保護

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