部室に入り俺を椅子に座らせた先輩は、タイルの床に膝をついて慣れた手つきで俺の靴と靴下を脱がせた。(この際、先程の激しい痛みを感じなかったのには驚いた。)
自分の膝の上に俺の片足を乗せ、少し持ち上げながら、品定めするかのように角度を変えて足首周辺を眺め始める。

「……ここですね」

「ッ」

例の冷たい指先がキュッと押した箇所から波のように痛みが広がり、俺は思わず先輩を睨んだ。
先輩は肩をすくめながら「すいません」と、まるで謝っていない謝罪を投げる。


「腫れてますし、捻挫ですね。軽くないやつ」
「…言われなくても知ってます」
「無茶するからですよ」
「アンタには関係ない」
「そうですか。でも、一応私はマネージャーなので」

先輩はおもむろに立ち上がると、棚からテーピングをひっぱり出してきた。


「あなたが怪我をするのは困ります」
「…」

本心で言っているのかそうでないのかなど、疑う余地もなく真っ直ぐ俺にそう言った先輩。
俺が黙ると、今度は黙々と足首にテーピングを施し始めた。

「……」
「…湿布じゃないんですか」

てっきり湿布でも張られるものかと思っていたため尋ねれば、今度は逆に怪訝そうな顔をされた。
「湿布じゃ固定できません」
「…」
「私が止めても、日吉君きっとやるでしょうから、しかたなくこうしてるんです。…練習時間、まだあと半分はありますし」

見透かされたような気になって俺は黙り、それから暫くはお互い口を利かずにいた。静かな部室に、先輩がテーピングを切る音が響く。


「…」



(やめてくれよ)



高い位置にある窓から差し込んだ夕日のせいで、苗字先輩の銀色の髪が、言葉で表現し難いほど綺麗に煌めくのを見た。


先輩のジャージの袖が少し下がると垣間見える紫色の痣に、
たまにかばうように動きをぎこちなくする左腕に、先輩の抱える痛みを見た。


茜色の乗る長い睫毛に真剣さを滲ませて、俺の痛みに向き合おうとする苗字先輩を見た。


――目をつむりたいのに。目を背けたいのに。どうしてか、目が離せなかった。




「…」
本当はあんたのほうが痛いくせに、
本当は俺達のこと憎んでるくせに、

何が目的なんだよ、あんた!一体…俺達を、おれたち、に…―――



「、!」

俺の思考を遮るように、苗字先輩が笑った。

ふっと音もなく。
眉を下げて、まるで困った弟に向けるかのようなそんな表情で、微笑んだ。


「ほんとに…意地っ張りですね」


「、なっ…」

「バカにするな、誰が負けるか、見てろ、絶対勝ってやる」
「…!!」
「そんな声が聞こえてきそうな試合でしたよ。」

俺は言葉を返せずにいたが先輩は気にしたふうもなく、立ち上がってテーピングを元の位置に戻した。

「見ていてとても面白い打ち合いでしたけど…、ふふ」

先輩が俺に送った言葉は、どれもこれも嘲りの言葉ととれるはずなのに、何故か、

「やっぱり、ひどい試合でしたね」



鳥居先輩に労われた時より、よっぽど心地よく俺の胸を揺さぶった。



「…これ、渡しておきます」
先輩がポケットから取り出したのは数枚の湿布だった。
それを俺の手に握らせ、自分はドリンクを回収するカゴを持って戸を開けた。

「練習が終わったらちゃんと使ってください。」
「……先輩」


――手当、ありがとうございました。
口に出しかけた言葉は、先輩が振り返った所で怖気ずいたように消えてしまった。それでも先輩は何も言わない俺を見て、目元を優しくやわらげると、頷いた。
「気をつけて。」

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