「いい加減、離してもらえますか」
「…」

無言の忍足の手を振り払い、私は部室へと向かった。
中へ入ると、鞄をがさがさ漁るジローと、それを呆れたように眺めている跡部の姿。樺地はジローの隣で救急箱を漁っている。


「どうかしたんですか?」

あ、ミスった。
今のは「遅れてすいません」から入るべきだったかな。
そう思ったが跡部達が気にした様子はない。

「ジローが寝ぼけて転んでな」
「ちょっと突き指しちゃったんだ〜。地味に痛いCー」
「丁度…シップをきらしているようで」

「あ、私持ってますよ。」

鞄を漁り、内側のポケットから湿布を出す。

「流石なまえ!助かった〜!」
「いえ。…ほら、手出して」

透明なフィルムをはがしてジローの中指に巻きつける。
腫れからして本当にただの突き指だろう。テニスプレーヤーが指を怪我していいものなのだろうか…。
素直に手を差し出して私に治療を施されるジローの傍ら、跡部は訝しむような目で私を見てきた。

「……随分遅かったな」
「ギクッ」
「何かあったのか?」
「…何もありませんよ」
「俺様に嘘が通じると思うなよ」

これ以上何もないと言っても跡部は信じないだろう。勘の鋭い奴だ。


「ちょっぴり絡まれまして」
「なっ…大丈夫だったのか!?」
「ええ。この通り」
「…始終俺達の傍にいりゃいいもんを」
「また別の人達に恨まれそうだよね……。ハイ。おしまい!」
「ありがとー!」

跡部は私の姿を上から下まで順々に見た後、嘘はないと分かったのか頷いてくれた。

「じゃあ着替えてきますね」
「ああ。」
「あ、俺が待っててあげようか〜?」
「大丈夫だよ」
「A〜」
「樺地。ジロー連れて来い」
「うす」
「…先にコートに出てる。焦らなくていいから、ゆっくり来い」

「…はい。」

甘いな、跡部は。
私の腕を気遣ってくれているのがよく分かる。心でありがとうと告げて、3人が部室を出て行くのを見た。


(…替えの湿布何枚か持っておこう)

ジャージに着替えた私は、触れると少しひやりとする湿布をポケットに忍ばせて部室を出た。
射殺すように向けられる視線の数が僅かに減った気がするのは、果たして私の気のせいだろうか。



***


「……」

コートの隅でボールを拾っているなまえの背中を、日吉はじっと見つめていた。
(…今日は来ないと思った)
そう思うことが、最近よくある。

来ないと思ったのに。むしろ、来れなくて当然なのに。
そういう状況に限ってあの人は必ずここへ来る。

今だって、少し前まで大勢に囲まれていた気配などまるで見せず、淡々と職務を全うしているような。


「日吉?」
「…」
「ひーよし!」
「!」

日吉がはっと意識を戻せば、ラケットを肩に乗せた向日が不思議そうにそちらを見ていた。

「どしたんだよ。ボーっとして」
「…いえ別に」
「もしかして苗字のこと見てた?」
「…いいえ。」
「ホントかよー、目腐っから止めとけよ」
「見てませんから。…向日さん、俺とダブルス組みませんか」
「あ?別にいーけど。ダブルス?」
「今日はそんな気分なんです」


日吉の誘いによって向日の意識は完全にテニスへと向く。その事に内心で安堵しつつ、日吉はもう一度なまえの姿を視界に収める。


「……」


鳥居先輩を陥れようとした、苗字先輩。
鳥居先輩から居場所を奪おうとした、苗字先輩。
鳥居先輩を孤立させようとしたせいで、迫害を受けている苗字先輩。


跡部さんや芥川さん、それに樺地は完璧に苗字先輩が手中に収めて、腹の中でさぞかし喜んでいる事だろう。

「早く辞めればいいのに」

静観
ここは俺達の居場所だ

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