「…」


「……ぁ、ど…」
「…」
「なあ…宍戸ってば!!」
「!」

はっと顔を上げれば、向日が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「お前どうしたんだよ?何か、朝から元気なくね?」
「…何でもねぇよ」
「俺達にも話せねーことなのかよ!」

苛立ったように言う向日の後ろでは、忍足や日吉も不思議そうな目をこちらに向けていた。
「亮…?何か、あったのぉ?」
「…亜里沙」
「亜里沙、力になるよ?」

床に置いたままの手に、亜里沙の手が重なる。
いつもなら僅かに跳ねる心臓が、今日はどうしてか静まり返っている。(…どうしちまったんだ、俺)
心中に嫌なものを感じ、俺は無理やり口元を上げた。

「ほんとに何もねえから。心配すんな!」

亜里沙の隣にいた長太郎と目が合う。
複雑な視線が絡み合い、どちらともなく目を背けた。


「それにしても、」
忍足がぽつりと言った。
「随分寂しなったなぁ」

「…」

少し前は、ここに跡部がいた。樺地とジローも。(あいつも…。)
忍足や日吉や向日がなまえの悪口を吐きつける中、俺は食いかけのパンを頬張りながら、突き抜けるような青空を仰いだ。

「…」

無性に、テニスがしたくなった。


「宍戸さん」
食べ終わった弁当箱を畳みながら、長太郎がこちらを見た。
「…コートに行きませんか」
その誘いに驚いたのは一瞬。
俺は、軽く笑って頷いた。

「…ああ。」



だが、物事はそううまく運ばない。
俺達が立ち上がるのと殆ど同時に、屋上の扉がバタンと開かれたのだ。
「…あ」
思わず声を上げたのは、ぞろぞろと数人の男子に囲まれ、明らかに無理やり連れてこられた様子のなまえがそこにいたからだ。
「なまえ、ちゃん」
亜里沙が小さく呟いた。

男達の数人は俺達に気付き、小さく会釈するとなまえを連れてタンクの陰へと向かった。
ここからではあちらの様子は伺えないが、何をされるのかは予想がつく。

「…宍戸さん」
「…」


「…頼むから。」

「……護るから、俺が…助けてやるから

っ泣いてくれ…!」




「…っ」

「ね、ねえ、侑士!なまえちゃんだよ、あれ!助けてあげないと」
「ほっときぃ」
俺はぱっとそちらを向く。
忍足はパックのレモンティにストローを挿し込みながら、冷めた顔で亜里沙に言った。
「自業自得や」
「侑士ぃ…!」
「亜里沙も、あないな奴いい加減無視したらええねん」
「そうですよ。亜里沙さん」
「わか、」
「あの人が亜里沙さんにしたことを思えば、この位軽いものだって思いますけどね」
「俺もそう思うぜ、亜里沙!お前気にし過ぎだよ」
「…岳人」
「それよりこれ。新発売のチョコだぜ?食ってみそ」
「う、うん…」
「うまいだろ?」
「…うん!おいしいっ」


昨日までなら、俺はここに何の違和感も抱かなかった。
(本気で…俺オカしいぜ)

いま、こいつら見て、鳥肌がたった。

第六感が告げる

「……長太郎、行くぞ」
「はい…」

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