そっから先はもう、そりゃもう、罵詈雑言が飛び交う飛び交う。自習のくせにこんなに騒いでていいのかと私でさえ思ってしまう程に暴言の嵐だった。
と、言うのも、ベルの言葉にブチっとキレた向日がベルに掴みかかり、見事返り討ちにされたのが原因だ。床でひっくり返って目を回す向日を見て、彼らは暴力から暴言にシフトチェンジ、というわけである。

私はさっさと席に戻って、拾った本の続きを読み始めた。私の席にぴたりと机をくっつけたベルはどこからか取り出したイヤホンを片耳に差し込んで、もう片方を私の耳に突っ込むと音楽を聞き始めた。完璧なる「王子の世界」である。
余談だが、ベル好みのミュージシャンには中々お目にかかれないから、これは実は貴重な体験だった。

後数分で自習は終わり、昼休みに入る。
私はただひたすらに文字を追った。


「ベルフェゴール、お前も、そいつの仲間って事か」
「覚悟できてんだろうな」
「…」

ベル、フルシカト。
背後では亜里沙のすすり泣きが聞こえ、宍戸からの殺気が背中にビシビシ伝わってくる。

そこでようやくチャイムが鳴った。

「なまえー!ベルー!一緒にごはん食べよ〜」
「ジローちゃん」
「てめ、王子呼び捨てすんな」

教室に駆け込んできたジローに続いて、跡部も私の机に近付いて来た。
二人とも音楽の教科書を小脇に抱えているところを見ると、移動教室の帰りだったらしい。
跡部は教室の異様な雰囲気に気が付き、何かあったか、と小声で尋ねてきた。
私はチラリとベルを見て「後でね」と返す。
クラスメイト達は、跡部やジローが私達と連れ立っていくのを驚愕した面持ちで見つめてきた。


「……跡部」
「アーン?何か用か」
「お前も、そっちに付くのかよ」

宍戸が絞り出したように言うその隣で、亜里沙がわっと泣き崩れる。
「どぉして…景吾ぉ…っ」
彼女の周りには直ぐに人がたかった。
「もう……あの頃には、もどれないの…?」

跡部の目が一瞬悲しげに細められるのを雰囲気で感じた。
(そう言えば、跡部も昔は彼女の事を溺愛していたっけ。)
私はそんな彼らを後ろから眺めながら、跡部に無理やりテニスコートに連れてこられたあの日を思い返した。


「悪いな、亜里沙」

しかし跡部は、決意に満ちた声で返す。


「こいつを信じる事に決めた。お前を助ける気はねぇよ」
「…ッ」
跡部に向けられた憎々しげな視線。
彼も、それには気付いたらしい。
これで亜里沙を気遣う気もすっかり失せただろう。

「見損なったぜ、跡部」
「…宍戸」跡部はしっかりと宍戸を見据えて言った。


「目を開け。そんなに簡単に、見落としてんじゃねぇよ」


跡部に続き、ジローとベルも教室を出る。
「…」
私は彼らを目で追い、ポケットから取り出したシップを未だに倒れている向日の胸の上に置いた。顔を上げた時、宍戸の純粋な疑問とぶつかる。

「…一応、マネージャーですから」

それだけ言った私は急いで教室を出た。
昨日できた体の痣が、じくじくとまた痛みを増した気がした。

つかの間の決別

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