図書室を出て18秒後。私は小走りで階段を駆け上がり、音楽室前の廊下に出た。ラスト5秒。4、3、2、私は角を曲がった。


「うお!」
「きゃ」

きゃ、だって自分で言ってて吹き出しそうになったわ。
体にぶつかった衝撃を受け流さずに、後方によろめく。腕に抱えていた数冊の本をさりげなくぶちまけつつ尻餅をつけば、もう完璧だ。

「すいません…」
「いや。……お前」
「あ」

顔を上げて驚いたふり。
私を見下ろしていたのは、忍足だった。

「…」
私はぱっと視線を外し、辺りに散らばった本をかき集める。状況を飲み込んだらしい忍足は、爪先で私の肩を押した。先程同様に、逆らわず倒れる。
睨みあげれば鼻で笑う忍足の、眼鏡の奥の冷たい眼光とかち合った。


「読書か。地味な趣味やな」
「余計なお世話です」
忍足を睨みながらも、手では本を拾う。
(見られたくない、早く拾わなきゃ)
そんなふうに見えるように、急いで。気付け。気付け。

「何借りたん?俺にも見せてくれへんかな」
「、」

よし。掴みはOK!私は本を抱えて立ち上がった。

「私が何を借りようと私の自由です。…通してください」
「お断りや」
「…」
「何でお前なんかの言うこと聞かなあかんねん。…お前」
一旦言葉を区切った忍足。
先程からちらほらと現れては消えていく通行人達は、私達を見ても素知らぬふりだ。あたりまえか。

「今朝の事あって、調子のっとんのとちゃうやろな」

「…」

「ええか?あれは跡部の気の迷いや、そのうち直ぐ目覚める。ジローもな」
「…だったら何です」
「あんま期待すなって事や。お前がやった事、ほんまは誰も許してへんねん。当然……これもそや」


ボタンをふたつ外した忍足がシャツの襟首をグイっと引くと、比較的白い肌には痛々しく鬱血する歯型。
「うわ」
「うわちゃうねん。自分がやったんやろ」
「…」
うっかり素で言っちゃった。ちょっぴり冷や汗が出る。

「これ地味に痛いねんぞ」
「お相子です」
「ほんま。…腹立つやっちゃ、……?」

やっと気付いたらしい。
これで第一関門クリア。

私は無表情に固まる忍足を避けて、渡り廊下を進んだ。
それと同時に携帯を開いて彼女の位置をチェック。
(よし、よし、狙い通り。あと4秒)

「あ、なまえちゃんだぁ!今日お話するの初めてだねぇ!」
「…」

作戦通り

(いや私すごい。)
(作戦隊長とかいう役職がヴァリアーにあったら絶対ソレやる)

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