「丁度良かったぁ!亜里沙ぁ、なまえちゃんに聞きたい事あったんだぁ!」
「…何でしょう」
「二つあるんだけどいいかなぁ?」

にっこり。微笑んだ亜里沙と、階段の踊り場で立ちすくむ私。
数段下から見上げてくる彼女が亜里沙ではなく京子だったら心からバンザイできるのに。ちゃくちゃくと展開されていく筋書き通りの物語を尻目にそんな事を思う。


「…どうぞ」
「ひとつ。」
途端に亜里沙の声が低くなった。


「亜里沙のいない間…レギュラーに手出したら許さないって言ったよね」
「…言われましたね」
「じゃあ今朝のアレは何?何で景吾と一緒に歩いてたの?」
「……さあ。何故でしょう」
私は口元に笑みを浮かべてそう答える。

「……まあいいわ。じゃあ二つ目」

亜里沙の目が細くなり、いやらしく口元が吊り上った。相反して、私の顔から色が消える。


「あんたとザンザス先生の関係、教えてくれない?」




***


「…」

忍足は彼女とぶつかった場所から一歩も動かずに、思考を巡らせていた。
(…何やねん)

あの細い腕と腕の隙間から見えた本のタイトルは「テニスの基礎」だった。
忍足は、こめかみに指先を添え、考える。

思い出せ

俺は見たはずや
あいつが転んだ拍子に落とした本を、ぜんぶ


「………、!!」


――『テニスの基礎』
『怪我の症状と応急処置』
『テーピング』
『ガットの張り方』
『テニス知識』


思い出してからは項垂れたくなった。
何やねんそれ
全然おもろないわ。
ここは、狙ってぶつかれるような場所とちゃうねんで。

自分の中でいくつも仮説を考えてみるも、どれにも反論がついてくる。一瞬、ほんの一瞬だけ、忍足の頭をよぎった疑問。


――本当は俺の思ってる程、悪い奴ちゃうんやないか

その瞬間に忍足の足は動いた。
なまえの去っていった方向に。

(グダグダ考えとってもラチあかん。直接聞いたる)

ざわざわと不快な感覚が体中を巡る。焦燥感に掻き立てられながらも足を進める忍足が、階段の踊り場にさしかかるまで、残り10秒。
カウントダウン

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