なまえが戻ってきた。

その知らせを受けて真っ先に玄関へ向かったのはスクアーロだった。続いてベルが、フランが。ルッスーリアに続いて、表情を陰らせたレヴィも。
9代目はそんな彼らを見つめた後、小さく息を吐いて目頭を押さえた。
老人の流す細い涙に、部下たちは皆狼狽した。


「…ガナッシュ」
「は。」
傍らに控えていた男に呼びかける。その声は、穏やかで、


「私はね……、ここへ来る時、死を覚悟していたんだ」
「…死を?」
「ああ。」

本部の些細な油断から起きたともいえる今回の大きな事件。仕事をした以上、ヴァリアーがそれを許すはずもない。
――テメェのせいで罪なき人間を殺した、とXANXUSならそんな言いがかりをつけて襲ってきそうだ。
ガナッシュは静かにそう納得した。
しかし、9代目、ティモッテオの考えていることは、それとは少し異なっていたようだ。



「あの晩だ……。」

**




夜も更けきった時間帯に、一台の車がボンゴレ本部の建物の前に荒々しく停車した。中から単体で現れたXANXUSに、その場は騒然としたものだ。
――「ジジイはどこだ。」
言うや否や正面の門扉を蹴破り、行く手を阻止せんと現れる者たちを薙ぎ倒しながら本部内を練り歩いたXANXUSと、ティモッテオが顔を合わせるまでに時間はかからなかった。

「みょうじ家についての書類を全て見せろ」
「XANXUS……一体どうしたというんだ!?」
「るせぇ!いいから見せろ。」

XANXUSの真剣な様子に、ティモッテオや部下たちは顔を見合わせながらも、その書類を提示した。
XANXUSはそれを受け取ると、情報収集や解析等を行うモニタールームに足を運んだ。


「――――――…確か、使用人として屋敷に忍び込ませたボンゴレの人間が、匣兵器や地価の兵器工場、ボンゴレ転覆を企てる計画書を見つけたんだったな」
「ああ、そうだ。」
「だが屋敷の地下にそれらしい空間は無かった」
「…ああ。だがその後、再度調べに行った部下が新しい文書を見つけた。」
「それが、これか」

XANXUSは取り上げた巨大な羊皮紙を、手摺の向こう側、段差になっている下の作業員に投げ渡した。
「スキャンしてスクリーンに出せ」
「はい」

数秒すると、前方の大き目なスクリーンにその用紙が映し出された。

「……設計図だな」
「恐らく我々を片付ける為のものだろう」
「…」
「屋敷の地下にある工場の情報はフェイクだった。こっちの兵器から我々の目を遠ざけるためのな」
「不自然だ。」
「……不自然?」
「ああ。」

XANXUSはスクリーンを睨みつけたまま、しばらくの間考え込むように押し黙った。


「計画書を見つけ出せた時…何故一緒に設計図も見つけられなかった。時間は存分にあったはずだ」
「…」
つられてティモッテオも考え始めた。
ここ最近ずっと、彼の胸にざわめくものがあったのだ。

「兵器の構造を見ろ。…緻密だが、多少のオリジナルを覗けばどこにでもあるような品だ。わざわざ自己的に開発する程のものでもねェ。これ以上の武力がこっちにはある。なら、この兵器の意味は何だ。………ジジイ」
「……っこれは」
「お得意の超直感、ってやつで当ててみろ。」

XANXUSは胸元から銃を引き抜いた。


「今、テメェの何人の部下が、この俺に銃を向けてるんだ」


その瞬間、火を噴く銃口。
XANXUSと、ティモッテオの周りに居た守護者達、数人の部下を覗いて、モニタールームにいた人間は全員武器を手にXANXUS達を見上げていた。
空間がぐにゃりと歪み、部下たちの顔が見知ったものから見知らぬ男達へと変貌してゆく。男達の目は虚ろで、操られていることを示すかのように、もたげた首はそのままに武器を操る腕ばかりが機敏に動いた。


「な、なんだこれは!?」
「とにかく、こいつらをモニタールームから絶対に出すな!!」

機器に身を隠しながら応戦する部下たちに向かって、ティモッテオは叫んだ。


「お前達は部屋から出るんだ!!」
「き、9代目、何を!?」
「ここは私とXANXUSに任せて、他を頼む。術士が紛れ込んでいる…!!」

目を見開き状況を理解した彼らは、頷き、銃弾の雨の中を掻い潜りながらドアの向こうに飛び込んでいった。



「俺を勝手に勘定に入れるんじゃねぇ」
そう言いながら二丁銃を操り、確実に敵を減らしていくXANXUS。

「…一杯喰わされたな」
「…まさか。内部に敵が潜り込んでいるとは……!XANXUS、術士を殺せば他の者の動きは止まる」
「ドカスが、生温ィ事言ってんじゃねェよ!全員殺りゃいい話だ」
「………XANXUS!!」
「!」

立ち上がったXANXUSはティモッテオの声に身を翻した。その瞬間頬をかすめる銃弾。
XANXUSは自分に銃口を向けた人物に、迷わず一撃を放った。憤怒の炎は機器を焼き払いながら、出口付近にいた男の体を焦がす。
ぎゃあああ!と甲高い悲鳴が上がり、その代わりに銃を放ち続けていた男達の動きは止まり、その場に崩れ落ちた。


XANXUSは、熱さに悶え苦しむ男の元へ走ると、男を踏みつけて凄んだ。

「全て吐け。そうしたら楽に死なせてやる」
「ぁ、あ゛ぁ…ぐああ」
「XANXUS、その男は…」
「………ああ。」
男の顔は次第に歪み、そして本来の男のそれに戻った。ボンゴレの人間の一人に扮していた、その男には見覚えがあった。―――悪徳商売に手を染めた資産家、グッチオ・ヴァルディーニの右腕。


――この瞬間、XANXUSは自分の勘が当たっていたことに気が付いた。
全てが繋がった気がした。



「じゃあ、みょうじ家は今回の事件には何も関わってなかったというのか!!」
男は薄い唇をめくって笑った。

「あの夫妻はグッチオ様の言いなりだ。人形だ。お人好し。慈善の為に、死んだ。馬鹿な夫婦だ。頭の悪い、男と、女だ!!」
「……なんて、ことだ」
「お前達はもう終わりだ。私は十分に時間を稼いだ……、グッチオ様が兵力を集めるための時間を」
「…」

XANXUSは男の胸ぐらを引きずり上げて、尋ねた。男の手にしていた銃を奪い取って、そのまま本人に向ける。
グッチオの計画などどうでもよかった。
XANXUSが確かめたかったことは、たったひとつ。胸の奥ではらはらと舞い続ける、確信めいた事実。



「その馬鹿な、男と女が、テメェ等に残した言葉は無かったか」
「…あぁ?」
「テメェ等に託したもんはなかったかと、聞いてんだ」


XANXUSに銃口を向けられながら、術士の男は考え込んだ。そして、笑いだす。不気味に低い音が男の喉からしきりに漏れた。
「そういや、奴ら何か言っていた!思い出したぞ。フッフフ。そうだ、そうだ、奴らは笑ってこう言っていた」
「…」


「あなたの為に悦んで罪は被りましょう!」

「でも、どうか約束してください……!!わたしたちの」


「宝を、」

XANXUSは引き金を引いた。男の言葉はまだ続けられそうだったが、聞くまでもなかった。続けざまに、男の喉元に2発、3発、と鉛を与え続ける。
XANXUSは、ティモッテオが止めるまでそれを繰り返していた。


「……」


「ザンザス」


「…」


「はるか、来ちゃダメだ!」
「はるかっ」
「お父さん、お母さん…?」


「…」


「お母さん達は死んじゃったけど、あなたのことはきっと怨んでない」


「おこりません。うらみません

 だからどうか、私をころして」


「…XANXUS、きいて!」


「XANXUS」







「………」








私たちはあなたの為なら、喜んであなたの罪も被りましょう

ですが、どうか約束してください。…私たちの宝を護ってくださると



約束ですよ、それでは、さようなら



光の剣が心臓を貫いた日

「XANXUSは泣いていたよ」
「…」
「涙は流さずとも、泣いていた。」

だからXANXUSの行動の裏に"あの少女"がいると知った時、わしはXANXUSに殺される覚悟をした。正直、今のXANXUSになら殺されてもよいと感じた。


「…それがどうだ。XANXUSだけでなく、スクアーロも、ヴァリアーの誰も、この老いぼれに口悪く当たろうとしなかった。そんなこと考えてすらいないようだった」

最初は信じがたかったことが、あの少女が現れた瞬間に理解できた。
懸命に人を傷付けようと言葉をぶつけながら、精一杯「悪いもの」を演じながら、ひたすら自分の心を抉り続ける彼女を見て………。


「運命とは、…。」

彼らを変えたのは間違いなく彼女で。
しかし、彼女を変えたのは、間違いなく彼らだったのだから。

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