――あの場所へは戻れません。

なまえがそう口にすることはXANXUSにも分かっていた。
自分の両親を殺した相手と生活を共にするなど、どんなに優れた僧侶でも簡単には出来まい。しかし、なまえがXANXUSたちを拒む理由は、それとは異なっているはずだ。――それは、確信にも近い仮説だった。


「どこか遠くへ行こうと、思ってるの」
なまえは降りしきる雨の下で弱々しく笑った。

「フランスには父の実家もあるし。……もし受け入れてもらえなかったら、その時は施設とか…そういうところで預かってもらって…。」

「…」

「私はまだ一人では生きていけないけど、ひとりでも、きっとやってはいけると思うから。…だから、大丈夫。きっと……XANXUS達とはもう会えないと思うけど……きっと、大丈夫だから」

なまえはXANXUSを見上げ、そして口を閉ざした。全て見透かしたような赤い眼が、こちらを見下ろしていたからだ。
流れる長い沈黙は、なまえの不安を何よりも現していた。





「俺達はテメェの思うほど弱くも、優しくもねェ」


XANXUSの言葉は、なまえの耳朶を低く揺らした。

「俺達は死者に償うような真似は死んでもしねぇ。殺した人間を思い返して腕が鈍るようなカスが一人もいねぇのは、この世界じゃそういう奴がまず初めに死ぬからだ」

なまえは、XANXUS達の生きる世界をよく知らない。
XANXUSも、それは十分に分かっていた。


「俺達が死なずにいれんのは、命の価値なんざこれっぽっちも重荷に思ってねェからだ。―――テメェも、よく知ってんだろ」
「!」
なまえは、思い出しただけで体が震えそうになる、あの血の夜を思い出した。
「関係ねェ人間がマフィア同士の抗争に巻き込まれて死んでも、運が無かったと鼻で笑える。テメェの両親も、違いねぇ」

なまえの目が悲しげに彷徨う様からXANXUSは目をそむけた。
XANXUSが立ち上がると、足元の砂利が音をたてた。


「傷が癒えるまではここに居ろ。………嫌なら、ジジイのところでもいい」
「……」
「どうしたいか、テメェが決めろ」

なまえは戸惑った。XANXUSの言う「ジジイ」とは、さっきの、9代目と名乗る老人のことだろう。
マフィアといえど、あの老人には恐れる要素はあまり感じられなかった。保護してほしいと言えば…きっとそうしてくれるはずだ。

(…でも)



「……テメェの」「?」
思い出したように付け足されたXANXUSの言葉。
「テメェの戯言は…誰一人真に受けちゃいねぇ」
だから気に病むなと、XANXUSの言いたい事は、なまえの胸にじんわりと広がった。

地面に手を付いて立ち上がる。
解放された安堵感で、体中を襲う痛みに気絶してしまいそうになる中、なまえはXANXUSのコートに腕を通して顔をあげた。

「…、    」

何と言ってよいのか言葉が出てこない。
なまえは、自分を見下ろすXANXUSのシャツをそっと握って、頭をもたげた。すると、小骨のように喉につかえていた痛みが、するりと口から流れ出てきた。



「ごめん…なさい」



XANXUSは今にも壊れそうな彼女を引き寄せて、その腕の中に閉じ込めた。――そうすること以外に、どうしていいか分からなかった。

――それは、本来彼女が口にするはずではなかったものだ。
しかし、自分の口にした、あの心にもない言葉が。XANXUS達を傷付け突き放すためだけに紡ぎ出したあの言葉達が。なまえ自身の心をずっと刺し続けていたのは間違いない。
それを察しているからこそ、XANXUSにはなまえに謝るなとは言えなかった。


赦すことが、
救うことなのだと、


「………。」

愚かな白夜
俺達に教えたのは お前、


「…泣くな」
「、」
 
 「なまえ」

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