「ああ、ああ、なんて…」
その先は口に出せず、ルッスーリアは両手で顔を覆って太い泣き声を上げた。たった今長期任務から戻ったばかりのレヴィも、ただならぬ幹部達の様子を感じて口を閉ざしている。

「じゃあ、アイツは……本当に何も知らなかったのかぁ…!?」
スクアーロは僅かに震えた声で尋ね、
「そうだ」
頷くXANXUS。
「しっしし…。……何だよ、それ」
「全然笑えませんー…」


「相手の幻術士って、そんな強者だったんですかー?」続けざまになされたフランからの問いに、XANXUSは「いや」と低く答える。
「小細工が精密なだけで、強さは虫けら同然だ」
「ミーが殺してきていいですかー?」
静かに怒気を纏ったフラン。
「もういねぇ。俺が殺した」
「本部は何でそんな虫けら野郎に騙されたんだぁ!」
「知るかドカスが。聞きたきゃ聞いて来い、本部は今これまでにねェ程のカオスだ」

それも当然だ。騙されていたとはいえ、罪のない一般市民とその関係者達を、こちらのミスで皆殺しにしてしまったのだ。
「…、」
ベルは弾かれたように部屋を飛び出した。
今朝のやり取りから2時間と数分。もしなまえが死を試みていたら、もうとっくにそれは成されているだろう。
(やっべ、)

ベルは急く気持ちを隠す事もせずに走った。
やがて、隊服を着た二人の見張りが見えてくる。ベルは速度を落とし、そしてその部屋の前で足を止めた。

「…お前らさ」
「はっ」
「………やっぱいい。何でもねー」

中から悲鳴かなんか聞こえた、と問おうとして止めた。聞こえてたらこんなとこでボーっと突っ立ってねえし、それにあいつはきっと静かに死ぬだろうと思たからだ。
ベルは取っ手を掴んだまま深呼吸をした。ドッドッド、自分の心臓がこんなに早く動くのを、久々に感じた。


生きてろ
生きてろ
死ぬなよ…、死ぬな


意を決して、扉を 開けた。むせ返るような血の匂い。嗅ぎ慣れたそれ。部屋一面を染める、あいつの赤…――――









シャリ、シャリ、
「ベル?」

「……何してんの、お前」

「…お腹が、すいちゃって」

ベッドの上で体を起こして林檎を頬張っているのは、紛れもなく生きたままの、みょうじなまえだった。

そういや、窓の外の木は林檎だったっけ。オカマが気紛れで植えたんだよな。そんなくだらないことを思い出す。
部屋には僅かに甘い匂いが漂い、相変わらず白いまま。
俺が見たのは「そうならなければいい」幻覚だったようだ。

「あ、ベル…ナイフを忘れてったよ」
「…」
「林檎をむくのに少し借りちゃって…でも、拭いたから綺麗だよ」
「…」

「…ベル?」

ベルはふらりとなまえの傍に寄って、彼女の首筋に指を添えた。ビクリ。反射的に強張るその体には、痛めつけられる恐ろしさが染みついているのだろう。
ベルは瞼を閉じた。
――とく
「…」
とく、とく、とく
指先に感じる、なまえの確かな命。

「どうして、また泣くの?」
「……いてーから」
「どこがいたい?怪我したの…?ベル」

なまえの暖かい手がベルの指先に添えられた。その時、ベルは初めてなまえに触れた瞬間の事を思い出した。鮮明に。
握り返すつもりなんてなかった掌は、あまりにも弱々しかったのだ。
「…、」
ひとたび紐がほどければ、後はもうするする矛盾は消えていった。


「あなたたちに頼るしか、わたしは、生きていけない」

「怒らないで。……ひとりはきらい、さみしい
 ここにいて」

「できないよ」

「だって、ベルがないてる」

「どこがいたいの?」

「ベル」


ベル



思えば、こんなにひ弱で、こんなに優しいこいつには、俺達のような真似ができるはずがないのだ。

(いてー)

今度こそ、ベルの頬を滴が滑った。

「泣かないで、ベル……。泣かないで」

なまえは服の裾でベルの涙を拭おうとしたが、自分が酷く汚れている事に気付き躊躇った。ベルはそんななまえの手を取り、彼女の細い肩に頭を預ける。

「おまえ、…きたなくないよ」
「え?」

「…きれーだよ」

なまえは戸惑いながらもベルの頭を優しく撫でた。ベルはなぜこんなことをいうんだろう?私はこんなに汚いのに。ベルが震えてるのはどうして?そんなに傷がいたいなら、ここには治療するためのものがたくさんあるのに。どうして?ベル。 泣かないで。そんなに、かなしそうに。

なんでだろうね
(わたしまで涙が止まらないよ)

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