一人の男がいた。男の名は、グッチオ・ヴァルディーニ。資産家であった。
グッチオはとある企業を立ち上げ大成功を収めると、富豪と呼ばれるまでに成り上がった。巨額をはたいて豪邸を買い、庭にプールと銅像を置き、思いつく限りの贅沢をした。
(…まだだ)
しかしグッチオの欲は留まる事を知らなかった。
いつしかグッチオは企業の仕事よりも、別の仕事、に夢中になっていった。――それが人身売買や麻薬の密売など、裏に関わる仕事である。
当然それが公になればグッチオの企業家としての生命は立たれるが、グッチオの金への留まる事のない欲はその恐怖さえも上回った。懐に金が溢れるたびに「もっと。もっと。」と欲しくなった。そして、グッチオは、ミスを犯した。イタリアという都市に住んでいて、してはならない大きなミス。

イタリア最強マフィア・ボンゴレファミリーの存在を忘れていた事だ。
ボンゴレのシマで堂々と麻薬や武器を密売し、民を攫っては売り飛ばしていたグッチオの末路など目に見えている。




「ボンゴレめ…ッ」

命からがら逃げ果せたグッチオは自分から全てを奪ったボンゴレを呪った。怨んだ。――壊してやる、壊してやるぞ、ああ…だが時間が足りんな。このままでは直ぐに居場所が割れてしまう。………そうだ、なら身代わりを立てればいい。

「グッチオ様」
権力も富も何もかも失ったグッチオに唯一残ったのは、この優秀で忠実な幻術士の部下であった。

「あの一家を使うべきです」

遠い昔、まだ闇に手を出していなかった頃のグッチオが救った一組の夫妻の事であろう。グッチオは直ぐに思い至った。彼らからは毎年美しい花束が贈られてきていたのを思い出す。

「偽の情報をボンゴレ内部に流すのです。慎重深い奴らの事ですから、その件に当てる時間は惜しまないはず。お任せ下さい。私には奴らを騙し通す腕と自信がございます」
「そうか」
「くわえて、あの夫婦はあなた様を信仰しております。あなた様の身代わりになれと言えば喜んでそうすることでしょう」
「…だが、あの二人には娘がいるだろう」
「ではその娘だけはこちらが保護するとでも約束しましょう。」
「実際はどうする」
「いえ…そこは私の決定では何とも申し上げられません。グッチオ様のお命じのままに」

恭しく頭を下げた幻術士を見て、グッチオは暫く思考に浸った。
「…」
グッチオの奥底に僅かに光っていた良心を陰らせたのは、当然、ボンゴレへの憎しみ。
俯かせていた顔を上げ、グッチオはおぞましい笑みを浮かべた。


「―――ボンゴレに、死と、償いを」



悪魔に魂を売った男


(私たちはあなたの為なら、喜んであなたの罪も被りましょう)

(ですが、どうか約束してください。…私たちの宝を護ってくださると)

「…約束しよう」

(ええ、ええ、きっとですよ。それではさようなら、――グッチオさん)





「事の真相は知れた」

瞑目して重々しく口にしたXANXUS。

冗談だろぉ…。スクアーロは片手で目元を覆った。

ベルは無表情に立ち尽くした。

フランは被り物でそっと顔を隠した。
彼らは、ようやく彼女の無実を知ったのだ。


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