今日は鬼珍しく阿含先輩が練習に来てる。しかも何だか鬼機嫌が良い!そのことに気が付いたのは、どうやら一休だけでは無かったらしい。


「阿含、今日はやけに機嫌が良いな」
「まァなー。いいもん見つけたんだよ」
「…いいもの?」

雲水の疑問に答えることはせずに、阿含はそっと思考を移した。
ちょっとした気まぐれでなまえを目的地へ送り届けてやると、そいつは困ったふうに笑いながら礼を述べてきた。ついでに、ごめんなさいとも。


「あ゛ー?何がだよ」
「顔見て、逃げるのは…さ、さすがに失礼だったかなって」
「…俺の顔はンなに怖かったのか」
「とっても…。あ、いやその」
「てめェどこまでも正直だな」
「…ごめんなさい」


考えれば考えるだけヒル魔とは似ても似つかないなまえの存在に、阿含の興味は掻き立てられる。どうもこのまま返しちまうのは惜しい気がするし、そもそも俺がここまで送ってきてやる義理だって無かったんだ。


声をかけようと口を開いた瞬間、先程と同じ風が吹き抜けて、なまえがさも幸せそうに微笑んだ。


「じゃあ、さよなら」

阿含の口から言葉が出る前に、なまえは背を向けて校門をくぐった。
阿含は立ち尽くしたまま、去り行く背中を目で追う。
(そうだ、さっきも。)

「――オイ!」

珍しく必死な声が出たのに自分で分が悪くなる。
きょとんとするなまえを引き寄せて、むしゃくしゃした気持ちをぶつけるように真っ白い頬を舐めあげた。
その時の、あいつのあの顔といったら――


「クク」
「…阿含?」


真っ赤な顔で怒り散らす姿も、俺に怯えて逃げ腰になる姿もいい。
それでもやっぱり、一番いいのはあの風の中――

「あいつ、風ん中だと、こっちがビビるくらいイイ女になりやがる」

揺れる金髪も、濡れた瞳も、数段増して綺麗になる。
あの時俺が本能的に欲した理由も今なら何となく解かる気がした。

 

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