へこり、教室の教卓の前で小さくお辞儀をするなまえの後ろの黒板には、蛭魔なまえ。クラス中が思わず息を止めてしまいそうになったこの出来事は、後に"大魔王再降臨の日"として伝えられることになる。嘘である。だがしかし彼女の転校が、学校内に大きな影響を与えたことだけは間違いない事実なのだ。――小早川瀬名。彼は心底、そう思うのであった。
「えええ、ヒ、ヒル魔さんに妹なんて居たんですか!!」
「何だ、知らなかったのかお前ら」
「ムサシ先輩ッ!」
「確か最近まで海外にいたようだが。いつ帰ってきたんだ?なまえ」
やっとこさヒル魔から解放されたなまえは、椅子に腰かけながら武蔵の質問に答える。
「一昨日の晩です。英国の祖母が、急に亡くなったので」
「……そうだったのか」
「こいつ明日から泥門に入学させるからな」
「え!」
「ちなみにテメー等のクラスだ」
「ぼくらの!?」
「なまえ、っていいます…よろしくお願いします」
「マジで兄妹かよ」
躊躇いがちに頭を下げたなまえ。それを見て黒木がぽつりと漏らした一言に、皆内心で頷いた。
「それより、ここへ来る途中誰にも絡まれてねェだろうな」
「………はは」
「チッ!やっぱ朝一緒に来りゃよかったぜ。……で?ちゃんとそいつのタマは蹴り潰してきたんだろうな」
「私そんな非道な事できないし……送ってきて、もらったし」
情報提供料だ。と帰り際、ほっぺたをベロンと舐められたことはもう忘れよう。忘れたい。積極的に。
自分に言い聞かせながらため息をつく。
「あァ?送ってもらった?誰にだよ」
「こんごうあごん、さん」
まあ知らないだろうなと思ってその名を口にすれば、室内の驚愕パラメーターは一気に跳ね上がる。
「阿含さんが!?な、何もされなかったの?」
「あんの糞ドレット!さっそく目ェつけやがったか…!」
「え、あの人、やっぱそんなに悪い人なの」
「何ほざいてんだ馬鹿なまえ!いいか?あの野郎には極力近付くんじゃねェぞ…これ持っとけ」
「うわっ!やだやだ、まだ捕まりたくないもん」
無理やりにでも銃火器を押しつけようとする兄と、死んでもそれを拒もうとする妹の構図はそれなりにぞっとするものだったが…。しかし。
「ヒル魔さん…もしかして過保護…?」
「なまえは気付いてないどころか、明らかに苛められてると思ってるけどな」
***
「ひ……ヒル魔の妹だって?」
「…普通に可愛いよな」
「いや待て、どんなに可愛くてもヒル魔の妹だ。手でも出してみろ」
「地獄行きは確実だぞ」
最初の授業の教科書を準備していると、隣の席のセナ君がこちらを見ているのに気がついた。
「?」
「あ、いや…!えっと(普通に見惚れた!)」
「もしかして、セナ君もよー兄にいじめられてるの…?」
「え?」
「それでみるからに弱っちそうなあたしに復讐を…ひい!ごめんなさい!」
「いやいやいや!!僕そんな事しないから!」
必死に否定しながらもセナは彼女から、どこか自分と似たような雰囲気をひしひしと感じとっていたのだった。
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