「………」
まさか撫でられるとは思わず、阿含は目を見開いて固まった。
自分よりかなり下の方から伸びている腕。なまえの表情にはどこにも恥じらいの色はなく、ただ、慈しむように小さな手のひらが頭を撫でるのだ。阿含は混乱している。
なんだ、こいつ
「阿含さんなら、痴漢にあっても誰の助けもいらないんでしょうね」
「まず俺は痴漢には合わねェよ」
あまりに突拍子もない間抜けな発言に、思わずツッコんじまった…クソ。
「あ、そっか…じゃあよー兄」
「アイツも合わねェよ!そして合ったら合ったでウェルカムだろ、社会的に弱み握れて」
「う、うーん。いやだ。」
「何が言いたいんだかハッキリしろ、っつーかいい加減頭離せ。崩れんだろ」
「あ、ごめんなさい…天パってくずれるの?」
「天パじゃねェぞ?カス」
「ほげーーっ!ごへんらはい!!ほっへがいはいから、つねららいれ!」
何故だかボケを連発するなまえは真剣そうだから尚、たちが悪い。
ほんとに野郎の妹かと疑いたくなる頭の悪さだ。
「私が、言いたいのはつまり」
そう、つまりだ。
「私を守ることも出来ない、弱い、ちっぽけな私を、
助けてくれて…怒ってくれて、大事にしてくれてありがとうって
……つまりそういうこと、です。」
何だよ、
「……チッ」
「え!!どうして舌打ちですか!?」
「うっせーなカスの分際で」
「えええええ!?」
ズリィだろうが。
「俺はお前が思うより…イイ奴じゃねぇ」
お前のことだって、ちょっと都合良く遊べる玩具くらいにしか考えてねぇし。
さっきだって、俺の所有物に触られて、イラついただけ。殴るのを止めたのは、何となく。本気であの痴漢野郎に殺意を抱いた気がしたが、それだって、気のせいに違いねぇんだ。
なのに、
「ならきっと、阿含さんは気づいていないんですね」
お前のそのまっすぐな目に見つめられると
「阿含さんは阿含さんの思うより、ずっといい人です。これは、絶対。だって」
まるで、そうなんじゃねぇかと錯覚しそうになる。
今までの俺の人生全部を根本から覆すような発言であるにも関わらずに。なまえは、自信ありげに胸を張る。
「だって私は、優しい人を見つけるのがなにより得意なんだから。」
お前の周りに優しい奴しかいねぇのは、お前が周りに優しいからだ。
そうすぐにツッコんで、その白い頬をつねり上げてやりたかった。だか俺の手は意に反してなまえの頭に乗る。
ズリィな、テメェは。
「俺もその中の一人だってわけか?」
つねり上げたかった頬、に、押し付けてやった唇。
真っ赤になって恥らえばまだ俺も余裕を持てただろうに、あいつは、わずかに恥らった後に頷いたのだ。
茜の滲む夕方の風を味方につけて。
はにかみながら。
「ほんっとに、ズリィな、バァカ」
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