私を襲い続けた不快感の源である手はすっと離れ、それと同時に男がギャアと潰れたような悲鳴を上げた。
阿含さんがその男の腕を捻り上げていたのだ。


「こいつの隣に俺がいるのが見えなかったかよ。あ゛?」
「う、ぐっ…!!」
「汚ぇ手で触りやがって」
「はっ離してくれ!謝る、謝るから!」
「変態カス野郎が…。死ね!」


「阿含さん!!」

振り上げられた拳は、男の頬を捉える前に止まった。同時に駅への到着を知らせるアナウンスが流れる。


「大会があります」
「、」
「行きましょう…?」


阿含さんは暫く動きを止めていたが、やがて拳を下ろしてくれた。しかし自動ドアが開くと同時に、その男を引きずってさっさと出て行ってしまう。
(まさかホームに落としたりとか…)
一瞬恐ろしすぎる考えが過ったが、その心配も無用だったらしい。
阿含さんは男を駅員室に投げ込み、痴漢だ。殺せ。と至極物騒な事を言うだけに留めてくれた。


駅を出てすぐ、阿含さんは私に背を向けて歩きはじめてしまった。

「あ、阿含さんっ」
「じゃあな。」

呼びかけても振り返ってもくれない。
どうして怒ってるんだろう…。途方に暮れかけたところで、背中から声がかかる。


「お姉ちゃん可愛いねー。ひとり?」
「えっ…?」
「俺も今すっげ暇しててさ、ちょっと俺と遊ば」「散れ、カス」



阿含さんは私の腕を取って歩き出した。ちれかす、と言われた男の人はすっかり怯えきって固まってしまったみたい。
それもそうだ。(何故か)戻ってきた阿含さんの顔は、般若の如きと言うのが正しい。


「トラブルを起こさずにはいられねぇのか、カス」
「わ、私だって好きでこんな」
「そんなの知ってんだよカス!」
「なっ……何でそんなに怒るんですか!」
「あぁ??怒ってねェよカス!」
「ふぐっ」

足を止めた阿含さんは振り返り、

「弱小のくせに、目つけられ易いくせに、すぐ泣くくせに、何で俺に頼らねェ…!ホント、殺すぞマジで。」
「……」


どうしてか分からないけど、阿含さんのその顔は怒ってるというより困惑しているようで、ほんの少し切なげで、とてもとても悔しそうに見えた。だから、

「阿含さん」

私はそっと爪先立ちになって、阿含さんの頭に手のひらを乗せた。

「助けてくれて、ありがとう」

 

×