真っ赤な着物に、紺色の袴。その着物に合わせた真っ赤な紅を唇に引いて、私は落ち着かない様子で座っていた。頭にさした大きな赤い花も、いつも私とはあまりに似つかわしくない。私はまさに、篠山家の飾り人形でもなったかのようだった。
そして、目の前には同じ飾り人形の男だ。
しかし彼は、私と違って、想い人もいないようだった。私の顔を好奇の目で見つめる。容貌は美しいが、見るからに根暗そうな青年だ、恋人などできまいと、私は彼に同情の目さえ向けた。縁談が唯一彼の救いなのだ。
それを考えると、少しでも自分が幸せもののような気がして、気分が安らいだ。しかし、彼の纏う雰囲気はやはり、私に不思議な恐怖心を与える。
プラスマイナスゼロとでも言ったところか。
「るり子さんは、転生というものをどう思われますか?」
なんの前触れもなく、彼の口から“転生”という馴染みのない言葉が飛び出してきた。私はあからさまに眉をひそめてしまったことに気がついて、すぐ取り繕って、
「さあ、考えたこともございませんわ」
と微笑んだ。
「鶴田さんはそのようなことにご興味が?」
訊くと、途端に押し殺したような悦の表情を浮かべ、彼は気味悪く、その整った顔をほころばせた。
なんだろう、この違和感。美しいはずなのに、素直にそうとは思えない。何か嫌悪感を覚えるのだ。
「いえね、僕はこう見えてもちょっとした、人とは違った感覚を持っているのですよ」
「人とは違う感覚?」
「前世の記憶があるのです」
鶴田は前かがみになって、声をひそめ、私に内緒話を吹き込むかのようにそう言った。
私はそういったものに人一倍無関心であった。目に見えないものや、人間の口から吐き出される言葉は、どうにも信じることができなかった。言葉は、それは信じているような顔をするというのが常識であるから、疑わしい相手の声色を、いかにも騙されているかのように笑顔で聞き流すことには慣れている。それでも、心の一番深いところにある、自分の思念は、絶対に変わることがない。
前世という言葉に、私は思わず溜息すら漏らしそうになる。呆れてしばらく言葉が出てこなかった。ただのオカルト好きなのか、それとも真性のキチガイか。
「鶴田さんの前世は、どんな人だったのですか?」
「若くして死んだ青年です。どんな人だったかは、最近よく分かってきましたよ。彼が体験した様々なことが、僕の数々のデジャヴを引き起こしているのですから」
鶴田はいよいよ楽しそうに言った。
ついさっきまでは普通の話をしていたはずだった、と私はふいに思い出した。たわいもない趣味の話をしているときは、にこりともしなかった陰険な青年が、清々しいほどの笑顔を見せている。しかも、それが今だ。
「見た覚えのないものを見て、あまりの懐かしさに涙さえ出てきそうなことさえあるのです、反対に、なんでもないものにとてつもない恐怖を覚えることも」
彼はほとんど私の目を見てくれることがなかった。そうして目をそらしたまま、骨ばった長い指で、髪の毛を耳にかける。女の私も羨むような綺麗な髪の毛で、首のあたりでぱっつりと切りそろえた毛先は、ゆるく内側に巻き込まれていて、その丸い造型は思わず触れたくなるような光沢を持っていた。
しかし、その長い髪の毛がさらに彼を陰気臭くさせていることも否めず、伸びかかった中途半端な長さの前髪も、真ん中で分けてはいるものの、その爽やかな流し目に暗い影を落としていた。
「彼は許されぬ恋のすえに、心中したのです」
話があまりにつまらなくて、彼の容貌観察に気をとられていた私も、さすがにその単語にはっとした。
「心中?」
「はい。僕はね、もともと自分の意思であなたとの縁談を強く望んでいたのですよ。しかしそもそも親同士の面識もない、なんの関わりもない僕らが、どうやって出会えるだろう? 大した期待はしないほうが賢いと、僕はあきらめていたのです、でも、こうやって縁談のお話があがったのですからね、僕はこれは絶対に運命だと思いました」
運命。
私はその言葉を口の中で繰り返した。脈略もなく飛んできた、縁談の話。まさか、と私は信じてもいなかった転生の話に生唾を飲み込んだ。
「私を前からご存知で?」
「いつだったか、一度お見かけしたことがあるのです、その時に、一目見て僕の探していた人だと思いました、僕の探していた人というよりは、僕の前世が探していた人です」
「私の前世が、あなたの前世と心中した相手だということですか?」
「きっとそうです……いや、急にこんな話をしても、信じていただけるか分かりませんが」
「いえ、疑ったりいたしませんわ。ただ、あなたの前世は私の前世を愛しているにしても、あなたが私を愛していなくては、意味がありませんこと?」
私がそう言うと、鶴田は一瞬顔色を変えたが、すぐに、
「愛していますとも」
と答えた。
「前世の想いは私の想いです、僕らはつながっているのです」
“僕ら”が、鶴田とその前世のことなのか、鶴田と私のことを指しているのか、それはよく分からなかったが、私はただ、何か他のものの力を借りないと自分の気持ちさえ口に出来ない彼に侮蔑のような感情さえ湧き上がってきた。
私にももし前世の記憶があったら、彼を好きになっていたのだろうか。正直、考えられないと思った。どんな因縁が絡みつこうとも、がんじがらめになりながら、それでも私は恭介を愛するだろう。
それは私の前世とて同じであったと思う。結ばれてはいけない運命、それから逃れようとして、身を裂かれる思いで、全てを捨て、そして愛する人と一緒になるために命まで捨てた。
まるで同じだ。私と恭介。鶴田と私の前世。
皮肉にも、前世での悲劇が、私たちを引き裂こうとしている。


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