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コレのグレ兄Sideのお話。
全ての始まりは、いつも過ごしている日常の中でよく交わされている会話だった。
「ん〜〜〜〜」
俺の目の前には、腕を組んで唸り声を上げているシュニーが座っている。そして俺たちの間には、白と黒の兵隊を模した駒が不規則に置かれていた。
これは、チェスという遊びだ。何処でルールを憶えたのか分からないが、唐突にシュニーがチェス盤を手にして俺に「勝負だ!」と言い出した。ルールに関しては、なんとなくではあるものの耳にしたことがあったからゲームを進めていくうちにコツを掴んでいったから問題ない。だが、シュニーは戦い慣れているようで数手先の行動を予期して駒を動かしていた。
今の状況も、どちらかと言えば俺の方が優位だ。あと何回か俺の番が回って来ればシュニーのキングを取れるだろう。手元にある駒の特性を確認しながら、どう動かせばいいか目で追っていると……シュニーが動き出した。
「これ、もーらい!」
「あっ!!」
声高らかに宣言するように、シュニーが俺の駒を取っていく。しかも、俺が次に動かそうと考えていた駒だ……!!
そこからの展開は、俺が予測していた方向とは真逆に進んでいった。あれよあれよと俺の駒が取られていき……最終的に、俺のキングがシュニーの手に渡るまでそれほど時間はかからなかった。
「へっへーん! 僕の勝ちだね〜!」
「くっそ……」
まさか、この俺がシュニーに負けるなんて……ッ
ギリッと奥歯を噛みしめて悔しがる俺を前に、シュニーがニヤニヤと笑みを浮かべている。
「グレ兄、負けは負けなんだから僕のお願い聞いてくれるよね?」
「ハァ……」
そうだった……チェスをする前に、シュニーと一つの賭け事みたいなことをしていたんだった。この勝負で負けた奴は、勝った奴のお願い又は命令を聞かなければならない。俺がシュニーに負けるわけがない……そう思って二つ返事をしたのがそもそもの間違いだったんだ……!!
「分かった……んで、お前の"お願い"ってなんだよ……」
「実はね〜」
ニヤニヤと笑みを浮かべているシュニーの言い出す言葉に、俺は今までにないくらい顔を歪ませることになる。
♪
いつも兄弟揃って使っている専用の部屋には、カップ片手に動きを止める兄さんとお腹を抱えて笑いを堪えているシュニーがいた。
「グ、グレイシア……」
まるで珍獣を見るような眼差しに、俺は顔をそむける。
「プククク……ホンットに、似合ってるよグレ兄……ブフッ」
「シュニー……後で憶えとけよ……ッッ」
「そ、そんな格好で言われても……怖くない、し……!!」
何故シュニーがこんなにも爆笑しているのかと言うと、今の俺の格好が全てを物語っていた。
セミロングの雪を連想させる美しい髪、着ている服は雪の結晶をあしらった模様が入っているロングワンピース。……もう、誰に言われなくとも分かるだろう。
「お前が女装趣味を持っていたとは思わなかったぞ……いや、まあ……高潔なる雪の一族の意思をしっかり持っていさえすれば、俺からは何も言わんが……」
「そんな趣味ねーから!!」
「いやー、着せてみるもんだよねー! 予想外に似合ってるよ、グレ兄〜! あ、それともグレ姉って呼べばいい?」
「…………」
話を詳しく聞いてみると、どうやらシュニーはメイドの奴らが内緒話している会話を耳にしたことがあるそうだ。その内容と言うのが、俺が女の子のような恰好をしても似合うのではないか、というものだったらしい。そこに興味を持ったシュニーは、俺に女の格好をさせたくなったらしくチェスを持ち出したんだそうだ。
チェスなら誰にでも負けない、という大きな自信があったのも関係してか、ものの見事に俺を負かせることができて大いに満足している様子。
「カツラも用意してて正解だったね〜! 折角だし、今日はその格好で過ごしてみたらどうかな?」
「はぁ!? もう十分だろ!? 着替えさせろよ!!」
「ふむ……それは困ったな。つい先ほど、ここにトロイメアの姫がやってきたと執事から話を耳にしたのだが……」
「!?」
兄さんの言葉に、俺は目を見開かせた。ちょ、ちょっと待てよ……ここにアイツが着てるのかよ!! それに、何処をどう見れば困る要因があるんだよ!!
「折角だ、姫にもその格好を見てもらったらどうだ?」
「兄さん……ゼッテー面白がってるだろ」
「はてなんのことやら」
すっとぼけやがって……!! こういう悪ノリをしだす二人を止めることはほぼ不可能だ……ここは、覚悟を決めなくちゃいけないのかよ……!!
唸りたい衝動に駆られる俺は、近付いてくる足音に気付いて慌てて椅子に座ったのだった。