Side グレイシア
嘘八百もいい所だ、と思う俺の傍で話を進めていく二人の流れに乗り、ふと気付けば俺は姫と一緒にいつも足を運ぶ湖にやってきた。

しかも、俺のことに気付かないとかどんだけ鈍感なんだよこの姫は!!


「グレイシア君、ここには着ていない……?」


辺りを見渡し、ポツリと呟く姫に俺は「ここに居るだろ!」と叫びたくなる気持ちを抑えている。

しかも、グラシエとかいう妙な名前まで名づけられてしまい……更に自分から名乗りあげにくくなった。あの二人……後で絶対締め上げる……ッッ

ハァと息を吐くと、俺は城を出る前に持ち出したメモ帳とペンを取り出した。

姫のことだ、俺の声を聞けば一発で女装していることがバレる。これは何としても避けたいことだ。そこで考えたのが、メモで文章を書いて姫に読んでもらうという方法だ。これなら、俺が何かを話す必要もないし書く口調を女っぽくなるよう意識するだけで問題ない。

ひとまず、ここから離れる必要がある。そこで、俺は自室にいるということにしよう。その旨をメモ帳に書いて見せてやれば、彼女は「そっか……!」と言いながら手を叩いている。よし、これなら真っ直ぐ城へ戻れそうだぞ……!

だが、兄さんが喫茶店へ寄り道をするように話をしていたり、シュニーから土産を頼まれてしまったこともあり、真っ直ぐ帰ることなく勧められた喫茶店へと向かうこととなった。


(クソ……真っ直ぐ帰りたいってーのに!! シュニーの奴……ッ)


こんなところで弟の邪魔が立ち塞がり、項垂れたい気持ちをなんとか抑える。向かい合うように座ったこともあり、姫がなんだかソワソワと落ち着かない様子で俺を見つめていることに気付いた。

この様子を見ると……俺とどう話をすればいいか困っているのだろう。一応、今の俺は『グラシエ』という女って設定だからな。

そんなことをぼんやり考えていると、ふと思い立ったことをメモに書いて姫に見せる。

相談したいことがある、ということを書いてやれば姫はコクリと頷いてくれた。そう応えてくることは想定内で、俺はメモ帳のページをめくっては新たに文章を書いていく。

そこに書いた内容と言うのは、今まで俺が姫を前にするとつい取ってしまう行動についてだ。素直になれない、というのは俺自身が一番分かっていることだ。だけど、コイツを前にすると普段通りにふるまっていたり話すこともままならない。

もし、そんな立場になった場合……コイツならどう行動するのだろう? そういう些細な疑問が浮かび、つい聞いてみたくなったんだ。今の俺は『グラシエ』だ、普段のグレイシアなら言えないようなこととか聞きだすことが出来るかもしれない。


「すみません、ペンとこのメモ帳お借りします」

「?」


少しだけ考えてから、姫は俺の手からメモ帳とペンを受け取り新しいページに何かを書き始めていく。

どうしてそんな行動を起こすのか、不思議に思っていると……書き終えたのか姫がメモ帳を俺に見せてきた。


「!」


そこには、姫らしい主観と行動が記されていた。

気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと深呼吸をしてから伝えてみてはどうか。焦らなくても平気、俺の気持ちは自然と相手に伝わっている。

嗚呼……本当に、彼女らしい言葉だ。


「まあ、私も人のことは言えませんね」

「?」

「私も、好きな人を前にすると素直になれませんから」


ふふ、と微笑む姫の言葉には……俺と同じ気持ちを抱いているのではないか、と思えてしまうニュアンスが込められていた。

もしかしたら……コイツも、同じなのかもしれない。相手のことを気にするばかりで、周りが見えていないのだ。それに気づいてはいるものの、どう意識すればいいのか分からなくて……今も尚、頭を悩ませているのかもしれない。


(相手を意識しているのは、俺だけじゃねぇってことか)


それだけ分かれば十分だ、俺にとって十分な収穫だ。さっさと帰って、早く着替えてから姫と再度会うことにしよう。

俺の頭の中には、このまま姫と一緒に城へと帰る。その後兄さんたちと合流し、そのまま姫と別れて自室へと走って行ってから素早く着替える。そして姫と会って、グラシエは先に帰ったとか適当なことを言えば波風立つことなくすべて解決だ。

そういう一連の流れを頭の中で思い浮かべていたが、帰って早々に俺の予定が大幅に崩れてしまうことを……この時の俺は知る由もなかった。







「あ、あの……グレイシア、君?」

「…………」


城へ戻り、兄さん達の待っている部屋まで着た。そこまでは問題なかった……だが、シュニーがわざとらしく転んで俺からカツラを取ったことですべてが台無しになったんだ。

事の成り行きをシュニーから聞いた姫は、目を丸くしてはいたが大きなリアクションを取ることなく俺の横にある椅子に座った。


「……なんだよ」

「どうして、教えてくれなかったんですか……?」

「あの場で言える雰囲気だったかよ!!」


お前のことだ、シュニーと一緒に笑いの種にしてたに違いない!! そういうのが分かっていたから、お前が知らないところで事を解決させたかったんだ……!


「私、ちょっとショックでした……」

「!」


小さく震えているところを見て、俺は目を見開かせる。そうだよ、な……悪ふざけに付き合ったとはいえ、一介の王子が女装をするなんて……

どう言葉をかけてやれば良いんだ……? そう思っていると……


「グレイシア君が、あんなに可愛くなるなんて……!!」

「…………は?」


俺の悩みは何処へやら……姫のまさかすぎる一言に、俺は思考を停止させた。


「スタイルも良くて、今着ているワンピースだってすごく似合っていました。私なんて平凡ですし、なんだか負けた気持ちで一杯です……」

「ちょ、ちょっと待て……」

「そうだよね〜、グレ兄すっごい可愛かったもんね! いっそのこと、今後は女装で過ごしてみない?」

「誰が過ごすかッ!!」

「他国には女装が趣味で、公務の時も女性の服を着て務めている王子もいると聞いたことがあるぞ。新しい道が開けると思わんか? グレイシア」

「思いたくねぇし切り開かねぇから!!」


クソ……ッ! 俺の言葉なんて聞く耳を持ってくれない三人を相手に、俺は更に頭を抱えていくことになるようだな。

……どうやら、俺の災難はまだまだ続きそうだ。
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