mitei きみが咲かせる花だから | ナノ


▼ 6

今日はまだあのハーフアップクズ野郎に出くわしていないなぁ。

こないだの休みは起きたら奴はいなくなってて…なんてことはなく。起きたら当たり前みたいに人ん家の台所使ってて、ほかほか湯気を立てた鍋をローテーブルまで持ってきて。まるで普通の友達みたいに鍋囲んで夜には帰っていった。マジで何しに来たのか。というか鍋の具材なんて冷蔵庫には入ってなかったはずなのに、どっから調達してきたのか。それ以前に料理できたのか。

ツッコミどころが多過ぎたが、鍋はめちゃめちゃ美味かったし普通に楽しかったので向こうから「おれのこと追い出さなくていいの?」だなんて言われるまで追い出そうとしてたのをすっかり忘れてた。もちろんすっげー笑われた。これは俺も怒れなかった。

我ながら大丈夫なのか俺。流されやすすぎやしないか。
ま、楽しかったからいいか。鍋の材料とコンビニのお菓子代は今度半分払わせてもらおう。

とにかく今日も平和平和、なんて呑気に考えながら学食へ向かう途中。廊下でばったり会った女の子に突然呼び止められ、俺は今学食とは全然違う場所にいます。

どっかで見たことあるなぁと思ってたら、何度か話したことある子だった。確か講義が一緒で、グループワークで同じグループになったんだっけ。

そんな子にこんな人気のないところに連れてこられて…俺、今からシメられんのかな。とかちょっと考えてしまうのは申し訳ない。
だっていつもあいつ…顔と声とスタイルだけはすこぶる良いあのハーフアップクズさんと仲良く…いや実際には仲良くないと思うけど、周りからはそう見えてるらしい…まぁあいつと仲良くしてると、嫌でも毎回穏やかでない視線も感じるわけで。
モブの分際で、とか、釣り合ってないわよ、とか昼ドラみたいな台詞も聞いたことがある身としては、そう思うのも仕方がないと思う。実際にシメられたことはないんだけど。

それでも、告白かなとか淡い期待は抱かない方が良いよなぁ。と、そう思っていたところ。

「突然ごめんね。あのね、あたし、立藤くんのことその…気になってて」

おお、え、なんて?
つまりシメる対象としてではなくて?

「あのごめん、な、なんて…?」

恐る恐る聞き返してみると、彼女はうるうると瞳を潤ませながら口籠った。長くウェーブがかった二つ結びの髪を指でくるくる弄びながら、何を考えているのかしばらくの沈黙が流れる。
しまった、もしかしたら精一杯勇気を出した告白だったのかもしれないと一瞬申し訳なくなるが、それも束の間。

指を髪から離し、もじもじした姿勢から決意したように顔を上げた彼女は、今度はしっかり俺の目を見て言った。

「あたし、立藤くんのこと…好きかも」

なんとびっくり、グループワークで一緒になった女の子に告白されてしまいました。
………マジで?とか、びっくりする間も俺には与えられないらしい。

「は?好き、かも?一応聞いてやるけど、誰が誰を?」

「え、おまっ、」

どっから…。
いつから、どこから聞いていたのか、突如俺の視界に影が差したと思ったら俺よりも彼女よりも大きな身体が二人の間に割り込んできた。マジで神出鬼没だなこいつ…。ここからだと、綺麗に結わえられたハーフアップがよく見える。あれ、今日は違うのか…じゃなくて。
俺と女の子の間に割り込んできた彼は、確かに怒気を含んだ声色で続けた。

「かも?じゃあ好きじゃないかもしれないってこと?何お前、その程度でおれから昇くん取るつもりなの」

「は?ちょっ、だから何言って…」

「しょーくんは黙ってて」

は?え?はあ?
俺当事者なんだが!?

そう言い出そうにも明らかに先程とは空気が違って、重力がこの辺りだけ増したのかと思うくらい足が動かなくて…。それは彼に睨みつけられた女の子も同じようだった。
…いや、もしかしたら俺が感じている以上かもしれない。

「あの、あたしはただ、その」

「なに」

ぶっきらぼうに返したのは当然俺じゃなくて、ハーフアップを結い直す余裕もなくここへ来たらしい忍だった。珍しくといっていいのか、髪が乱れてる。微妙な位置で擦り落ちそうになっている髪留めが今にも落ちるのではと俺はそれどころじゃないところでもハラハラしていた。落ちたらキャッチできるようにしておこう…。

というか俺が当事者のはずなのに全然口出しできない…。それに何故だか庇われるように俺の前面に奴の背中が乗り出してきたので、俺からは忍どころか彼女の顔すらもまともに見えなかった。
彼女が何かを言い掛けて、やっぱり言えなかったらしく口を噤んでいると俺の目の前のでかい壁が「はあああ」とわざとらしく大きくダルそうな溜め息を吐く。それには俺もびっくりしたが、多分彼女の方がびっくりしたことだろう。微かに息を呑む音が聞こえた気がした。

「ま、例え本気だったとしても渡さねぇけど。…よりにもよってしょーくん利用するとか、おれのことキレさせたかったんなら大成功だよ」

「利用だなんて、そんな…!」

「じゃあこれなに。あ、しょーくんちょっとこれ付けてて」

「え、おわっ」

ふと振り向いた彼が俺の耳にズボッとイヤホン?と思しきものを突っ込んできた。俺の耳には突然ロックな音楽が結構な音量で流れ出して、二人の会話どころか周りの音も碌に聞こえない。てか、このイヤホン、ワイヤレスだよな?俺の耳にぴったりフィットしすぎて中々外れないんだが!?

『で、何すればいいの?』

『まず冬樹くんにいっつもくっついてるあいつオトしてみない?案外ちょろいかもよ。…どんな顔するかしら』

ちらりと見えた彼の手には一瞬スマホが見えた。それを彼女に見せてるのか?
何が起きてんのマジで、俺当事者だよな?

「………どこで、それ、を」

「わざわざ言わなくてもいいよな。失せろ」

俺がイヤホンを付けてた時間はたったの数秒くらいだと思う。
その間に一体どんなやり取りが行われたのか、俺からはでかくて邪魔で、不機嫌極まりない背中しか見えなかったので状況が読めない。けれど誰がしたのか、やがて盛大な舌打ちとともにバタバタと遠ざかっていく足音が聞こえた。肩からひょっこり顔を出すと、案の定彼女の姿はもうそこにはなかった。

「ちょっとお前、あれはさすがに言い過ぎだぞ!」

「何にも知らないお馬鹿は黙ってなさい」

プツンときた。
何かが俺の中で切れる感覚がして、俺は自分で考えるより先に怒鳴る勢いで奴の胸倉を掴んでいた。

「知ろうとしても!何にも教えてくんないのはお前の方だろ!!」

「………そうだね」

初めて見る顔だとか、そんな表情できたんだとか、そもそも人間らしい感情あったんだとか、冷静なら思うことがたくさんあったのだろうけど。プッツンきちゃった俺にはそんな余裕はなかった。ただ「また隠された」という悲しさが込み上げてくるばっかりで。

気づいたら、頬が濡れてた。

「しょーくん、泣いて、」

「ない、触んな」

「でも」

「泣いてない!!」

馬鹿みたいな捨て台詞を置いて俺は走り去った。とにかくあの顔を見ていたくなかった。ただ行き先も決めずに、彼から遠ざかるためだけに走った。

あの、寂しそうな顔から。

どうして自分ばっかそんな顔するんだ。いつも突き放すのはそっちのくせに。
俺が踏み込もうとしても、心の奥深いところには絶対立ち入らせないつもりのくせに。
自分はずけずけ踏み荒らして笑って去っていくくせに。

「クソ野郎ーッ!!!」

「うん、ごめんね」

「うわっ!?並走してくんなっ!!!」

「前見なよー」

こういう時はさ、普通一人にしておくもんじゃん?まさか気配を消して並走してきてるだなんてさ、こんなぐちゃぐちゃな感情と向き合ってる時に気づけるわけないじゃん!ちょっとシリアスな感じだったじゃん?!
あ、すれ違っちゃった…これから一体どうなるの…?みたいなさ、そんな雰囲気だったじゃん!!

「とりあえず止まろうよ。壁にぶつかるよ」

「お前がどっか行ったらな!!」

全く同じペースで走ってるはずなのに何で息乱れてないんだ…!?駅伝選手かこいつ!!?

「止まらないなら先回って抱き留めるけどいい?」

「いいわけあるか!」

両手を広げてそんなことを言われては俺も止まるしかあるまい。壁にぶつかるか、こいつにぶつかるか。壁の方がマシだと思ったが、このまま走り続けても絶対どこまでもついてきそうだし、何より俺より圧倒的に高い身体能力を持つこいつを俺が撒ける気がしない。それなら一旦諦めた振りをして、この最早ハーフアップではなくなったクズが油断した隙に逃げ出そうと思ったのだ。まあ無理だったけど。

「こ、おま、はあ、はあ、」

「運動不足じゃん。息荒いね。てか動画撮ってるけどいいよね?」

「い、いわけ、あるかっ!!」

さっきの捨てられそうな子犬みたいな顔はどこいったんだ!!

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