休日はあのハーフアップな変人に会うこともなく穏やかにのんびり過ごせるなぁと思っていたちょっと前の俺へ。
隣を見てください。
「なんでいんの」
「今日休日じゃん?寂しくてさ」
「だからって何で俺ん家」
「他になくない?」
呆れながら言った俺の肩に頭を預けていたハーフアップの男は、顔を上げて「やれやれ、何言ってるんだこいつ」という呆れ顔を披露した。腹立つな…。てか馴染みすぎじゃない?こいつがここに来たのって何回目だっけ。
…あれ、何回目だっけ。
「はあ…。何で休みの日までお前といなきゃなんないんだ…」
「しょーくん何で何でって疑問ばっかだね。ゆっくりしよーよ」
「誰のせいだよ。というかそこ俺のベッドだよ」
「一緒に寝るにはちょっと狭いねー」
「寝ないよ?」
のっそりと起き上がってやあっと俺から離れてくれたと思った変人は、特にどこへ行くでもなく、後ろにあった俺のベッドに許可もなく五体投地した。許可もなくだ。そうしてごろごろとベッドの寝心地を確かめるみたいに寝っ転がっていた変人は、やがてふうっとうつ伏せの姿勢で瞼を閉じた。
こいつ本格的に寝る気だ…!
「どうして俺はこんなものを家に上げてしまったのか…」
「はは、ホントだよな」
「お前だよこのクズ」
げしげしと無駄に長い脚を蹴ってやるも、ノーダメージどころかくすぐったいと言われた。本当腹の立つ…。
そう、今日は休日。休日とは休む日のことである。
そんな休日に俺はなんと朝に起きた。昼でも夕方でもない、朝だ。褒めてくれてもいい。久々にちゃんと部屋の掃除でもして、洗濯して、あとはゲームでもしようかなぁだなんて素晴らしい一日の計画を立てながらパンを齧っているところに玄関のチャイムが鳴った。この流れ、実は初めてじゃなかったんだが…。
寝起きでしかも休みの日、いつも以上に思考が鈍って油断していた俺は、宅配かなとか思って確認もせずに扉を開いた。あとはもうお察し。そこにいたのは今俺のベッドを占領しているハーフアップのクズ野郎である。手にはコンビニのお菓子がいっぱい入ったビニール袋を持って、あとはスマホと鍵と、荷物はそれだけ。夜中にコンビニに行くような、大学よりもラフな格好と態度の奴が「やっほー不用心くん」と押し入ってきた。
もちろん俺は姿を確認した瞬間に扉を閉めようとした。が、こいつは長い足をガッと古の押し売りセールスマンみたいに突っ込んできて、ずかずかと部屋に上がり込み、何だかんだで今に至る。コンビニのお菓子は入場料として全部没収した。俺の好きなもんばっかり買ってきやがって、何が目的なんだ…。てか好きなお菓子とか話したことあったかな。
「マジで、何が目的なんだ…」
「うーん…。休みだから、直接声聴きたくて…いっしょにごろごろしたいなぁって…」
「家で一人で寝てろよ。…それか、彼女ん家でも行けば」
「彼女いないよ?」
「あぁ、特定の彼女は、いないんだっけ」
これだからこのクズは…と溜め息を吐いていると、寝ていたはずの瞼が開いて、俺を見て。
とても嬉しそうにその目を細めた。ぞわりと背筋が粟立ったのは、窓が開いて冬の風が入ってきたせいだと思いたい。
立ったままベッドから目を離せずにいると、顔だけこちらに向けた彼がぽつりと言った。
「もう、やめる」
「え、なにを」
なにを、と訊いた答えははっきり言葉では返ってこなかったものの、分かってしまった。
きっと来るもの拒まずという噂は本当だったんだろう。彼にはセのつくフレンドがたくさんいるはずだ。そしてそれをやめると言ってるのか。いきなり、どうして。
「しょーくんが嫌がるようになってくれたから。浮気は、だめだもんね」
「嫌がってないし関係ないし、浮気もなにも、」
付き合うどころか友達って言えるのかも、分かんないし。
途中まで言いかけて言い淀んで、やめた。こいつがどこで何してようと関係ないし。いや、いきなり俺ん家に押しかけてきたり知り合い脅したりは困るけど、こいつの交友関係とか興味ないし。
ただちょっと、匂いが嫌かもなって、思っただけだし。
「今日は、おれの匂いしかしないよ」
「…は?」
「おいで」
仰向けになった変人は俺に向かって両手を伸ばした。顔はずっと微笑ってる。なんだかいつも以上にへにゃりとしてる。酔ってんのかな。でもお酒の匂いはしなかったしなぁ。
「いや、誰がいくか」
「いっしょにごろごろしよ」
「しない。俺はゲームするって決めてるん、だっ!?」
「あっはは!浮気はだめだって言ったじゃん」
「う、わきじゃないだろ、ていうか、離せ!」
「あーったかぁ…」
「そのまま寝るな!?」
ベッドは諦めて変人を置いてゲーム取りに行こうとしただけなのに。
いつ起き上がったのか、くいと手首を引っ張られて気づいたら抱き枕だ。狭いんだが。俺のベッドなんだが。
抵抗しようにも、ふっと微笑う吐息が首筋に当たってくすぐったいし、こいつの体温も寝る直前だったからかぽかぽかしてるし、俺ももういいかなと思えてきた。めんどくさい。
どうせ追い出してもまた来るんだろうし、俺も朝に起きたせいか眠いし、こいつ謎に力強くて腕外せそうにないし。
見た目細いくせによく見たら俺より筋肉あるのも腹立つ。筋トレでもしてんのかな。見た目だけは、本当になぁ…。
そういえば、確かに匂いも、いつもの…。あー、もういいや。ねむ…。
午前の日差しが差し込む部屋で、数分後すぐにすうすうと聞こえてきた穏やかな寝息は一人分。次の日は休日だからと、夜中までゲームをしていたくせに朝早い時間に目を覚ました自己管理できないお馬鹿くんの寝息である。
「ちょろいとかいうレベルじゃないんだよなぁ…。それともおれだからなのかな」
だったら、いいのになぁ。
今度こそ本物のうなじに鼻を埋めてすううっと深呼吸すれば、乾いた喉が潤うみたいに、全身に必要な栄養素が行き渡る心地がした。そして腕の中の身体がぴくりと身動ぎするのを感じながら同時に、鋼の理性を総動員する。
もう少し。この温もりがこの手に落ちてくれるまであと、もう少しだ。
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