五条がいっぱいコレクション
3
 俺こと禪院芥が生まれたのは試験管の中だった。いわゆる試験管ベビーというやつで、出奔した父親の精をこっそり回収していた禪院家が適当な女の卵子と掛け合わせてできたのが俺……ということらしい。
 相伝を引き継いでいないと判明した四歳の時、当主である禪院直毘人が「使えんゴミだ」と宣ったのが名前の由来。それまでは「おい」と呼ばれていたから小さい俺はそれが名前だと思っていたというのは余談である。

 ゴミ扱いされている俺がなぜ生きているかというと、単純な話、他の試験管ブラザーたちには生まれながらに疾患、ないし呪力がないという欠陥があったからだ。禪院家の採取した父親の精にも限りがあったため、俺が生まれたあたりで打ち止めになった。ちなみに他の兄弟はゴミにもなれなかったので廃棄処分だ。あーあ、怖い怖い。

 己に天与呪縛があると知ったのは四歳になって少しした頃。術式が判明する以前はかろうじてされていた人間扱いも、その頃には名前の通りゴミ扱いに切り替わっていた。

 唯一優しく接してくれていた先生に手酷く裏切られ、誰にも看病されないまま数日寝込んだ後。ようやく回復した俺の世界は正しく180度一変していた。目に映る人全てが先生に見えるのだ。
 声は確かに違うのに男も女も幼児も老人もみんなみんな全ての人間が先生だった。どうやら俺の天与呪縛は【全ての人間が自分の嫌いな人物に見える】というものらしい。

 前々から人間の姿がぶれるとは思っていたが、それは単に『一番嫌いな人間』が明確にいないがゆえに起きていた現象のようで、嬲り犯されてからは先生の姿で安定している。クソがよ。

 犯される夢に飛び起きては廊下ですれ違う人間が先生に見えることに怯え、実戦練習だと駆り出される任務から帰ったら先生からまた嬲り犯される。正気の擦り減る感覚も、その内麻痺して分からなくなった。

『価値を示せ』

 転機は十歳。常とは違う一言で送られた任務だった。
 三級程度と聞いていたダムの跡地で胡坐をかいていたのは甘く見積もっても準一級の呪霊。先ほどから補助監督に電話をかけているが一向に繋がる気配もない。価値を示せ、それができなくば死ね。つまりはそういうことなのだろう。

 禪院のクソ当主が俺を使えない存在だと思っていることは知っていた。知ってはいたがこれは流石にいかがなものか。

 眼前の呪霊は俺を舐めているのかニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべている。人間ではないにも関わらず、その表情は先生の顔によく似ていた。自分を犯しながらかわいそうにと憐れむあの顔だ。

「死ね」

 握っている日本刀に呪力を纏わせる。コンクリートの地面を蹴るようにして駆け出す。

 キンッ

 顔を一閃するも目の前の呪霊は相変わらず小馬鹿にした笑みを浮かべている。お返しとでもいうかのように呪霊の指が俺に触れる。触れられた左腕が勢いよく吹き飛ぶ。

「ッッぐぁ、クソが!!!」

 睨みつけながらも術式を発動させる。肩から左腕がにょきにょきと生える。

「――はッ、ははクソ痛ぇ」

 なくなった腕が生えてもまだ痛む。俺の術式がお気に召したのか、呪霊の笑みが更に深まった。オイオイ、そんなところまで先生に似てくれなくていいんだぜ?

 呪霊は俺の落とした左腕を拾い上げ、これ見よがしに咀嚼する。ごくんと最後のひとかけらを飲み込みおえた呪霊はにちゃぁと笑み崩れた。呪霊の足に力がこもる。

 来る、と思った時には頭の一角がなくなっていた。右目から額まで吹き飛びお米のような形になった俺の頭からは大量の血があふれ出ている。

 ――あ、死ぬ。

 術式を発動させる。少しずつじわじわと失われたパーツが作られていく。それを呪霊は何もせず楽し気に観察していた。完全に遊ばれている。欠けた部分が元に戻る。視界が赤い。血管は煩わしいほどの大音量で脈打っていた。

「ハッハハハハハハハハハハ!!!」

 腹が引き攣るほどの笑い。
 吹き飛んだ衝撃で頭がイカれたのかもしれない。無性に笑えてしょうがない。破壊衝動に口元が緩む。おもちゃみたいにポンポンポンポン人の体ぶっ飛ばしやがって。取ってこいじゃねぇんだぞクソが!

「――俺の術式は『万象再生』。ありとあらゆるものを再生する。人体から物まで俺が治ると思えば治すことができる。でもそれは呪力を順転させた場合の話だ」

 クソ当主は俺の術式を人間の治癒に限ったものだと思っているがそうではない。俺の術式の本質は治癒ではなく再生。元に戻す能力だ。だから例えその部位が欠損しても今のように元に戻すことができる。俺も先生に四肢を切断されるまでは治癒に特化した術式だと思っていた。無論、先生もそう信じていた口の人間なので元通りに手足が生えたのは完全に運が良かっただけである。テメェに人の心はねぇのか。

 さて。俺の術式が再生能力である以上、呪具に呪力を纏わせて戦う以外に道はないように思えるが実は違う。その難易度ゆえに今まで成功した試しがなかった……が、今ならできるだろう。

 俺の雰囲気が変わったことに気付いたのか、眼前の呪霊が笑みを消す。最初からそういう顔しておけばよかったのによ。

「――術式反転、『万象破壊』。ありとあらゆるものを破壊する術式だ。お前のおかげでできたよ、ありがとう、なッ!」

 術式を呪霊に叩き込む。呪霊の半身が消し飛ぶ。くらえ、さっきのお返しだ。

 すっかり笑みを消した呪霊がめきめきと体を再生する。流石にこれだけじゃ祓えないか。さっきまで俺を舐め腐っていた呪霊も臨戦モードだ。これ以上長引くと勝ち目は薄いだろう。

「仕方ねぇ」

 縛りを課す。

「この先の人生、俺は“助けを呼ぶことができなくなる”」

 言うや否や、呪力が底上げされたのを感じる。どうせ救いなんて期待できない人生だ。縛りを課そうが課すまいが結果は同じ。ならば呪力の底上げをできる分縛りを課した方がお得だろう。第一、これをしなければ『この先の人生』なんてそもそも訪れないかもしれない。

「今度こそ死んでもらうぜ」

 発動させた術式を呪霊に叩き込む。呪霊の体が霧状に破裂する。呪霊だったものを打ちたおしてなお術式は全てを破壊する。コンクリートの地面をえぐり取り壁に大穴を開ける。あんな縛りでここまで威力が増すものか。益々お得だ。

 プルルルルとスマホが震える。画面を見ると散々無視こきやがった補助監督の名前が表示されている。

「はい」
『――ああ、生きておいででしたか』
「……お陰様で」
『迎えに参ります。降ろした場所で待っていてください』

 プツン。
 一方的に切られる通話。

「クソッたれ」

 服の裾で汗を拭う。拭った先から真っ赤に染まる布に、クソだなと吐き捨てた。




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