2018年10月31日、渋谷。
東急百貨店 東急東横店を中心に半径およそ400mの帳を確認。
調査の結果『一般人のみが閉じ込められる帳』と判明。
帳の縁へ避難した非術師から「五条悟を連れてこい」という発言を聴取。結界術・および五条悟の指名により交流会襲撃と同一犯と断定。
五条悟は単独で渋谷を平定せよ。
以上。
息を整える。副都心線B5Fは改造人間の血で赤く染まっていた。千体だ。そりゃ血の海の一つや二つできるだろう。ぐいと頬を拭うと服の袖に血の色が移る。
不意に、背後に呪力を感じた。
振り返る。足元に、箱。
「――悟ッ」
「獄門彊、開門」
懐かしい声が二つ。その正体を認識するより早く五条は突き飛ばされる。無限を張っていた。にもかかわらず五条の体はフロアの端まで飛ばされている。
――虚式の応用か。
そんなことをできるのはこの世に一人しかいない。
ぎょろり、大きな目が『五条』を見る。
「や、悟。久しいね」
遠くに立つ『五条』の眼前に、見知った顔が一人。瞬間、獄門彊が『五条』を拘束する。動かなければと体を見ると、足がなくなっている。あいつ、加減ってものをしらねぇな。
苛立ちのまま睨みつければ、遠く離れた場所で捕まっている弟の苦笑する気配を感じた。
いくつかの問答を重ねた後、いよいよ閉門する流れになったらしい。弟が声を張る。
「いいか、よく聞け!!!! 俺の弟は絶対オマエなんかに負けねぇからな!!!!」
「は? 弟? 君弟なんていないだろ」
「超絶プリティーな子がいますけど? あいつのためなら余裕で死ねるね」
怪訝そうな夏油の声に弟はべぇと舌を出して顎を煽る。手さえ自由であれば中指を立てていそうだ。
「ああはいはい、続きは箱の中でゆっくり唱えてもらおうか。――閉門」
バチィッ
獄門彊が閉じ、弟の姿が消える。回していた反転術式をやめる。かろうじて動ける程度には回復した。
「おい待てよ」
撤退しようとしていた夏油が振り返る。
「……五条、悟」
「なぜってか。お前が封印したのは俺の弟だよ。……返せ」
「弟? 二人して自分を兄だと言い張ってるのか、君ら」
「いいから返せ!!!!」
ぐらり、夏油の体が傾ぐ。眩暈が収まったのか姿勢を直した夏油は、ぱちりと目を瞬いた。
「……あれ。なんでまだ開門してないんだ」
「は?」
「ま、いいや。――開門」
掌の獄門彊は反応を返さない。おかしいなぁと呟く夏油は、つい先ほど自分で獄門彊を閉じたばかりであることを忘れているらしい。獄門彊は定員一名。中の人間が自死しない限り使用はできない。気が付けば目の覚めた真人が夏油の傍に控えている。
「あれ、夏油。封印するんじゃなかったの?」
「う〜ん、そのつもりだったんだけどね。獄門彊、使用済みだったみたい」
「マジ? なんかばっちぃな」
うげーと吐く真似をする真人に夏油が薄く笑む。
「で、この箱返してほしいんだっけ? 使用済みとはいえその内使えるようになるかもしれないし。無理だね」
カタカタと獄門彊が存在を主張する。
「ハハ、元気。じゃあ私たちは撤退するとしよう」
「おいッ待てッッ!!!」
苦し紛れに蒼を放つも避けられる。
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「クソッッ!!!」
苛立ちのまま拳を床に叩きつける。血に染まった床は赤をまき散らしながら大きくひび割れた。
「返せ、返せよ……ッ!!」
床を殴る、殴る、殴る。――酩酊。
ふと、振り下ろしていた拳を止める。
「……あれ。僕、何をしてたんだっけ」
五条悟には弟がいた。
覚えている者は、もういない。
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