五条悟には弟がいる
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 五条家には双子の兄弟がいる。
 自身を兄と言って憚らないこのクソガキは、厄介な天与呪縛をもっているらしかった。

「だからぁ、まさか俺のこと覚えてるとは思わなかったんだってぇ。っていうかトージ、俺とそんなに遊びたかったの? ウケる」
「五条家のガキ一人か。いい値段で売れそうだな」
「は、クソじゃん。でも無駄無駄! 買ったところで俺の存在なんてす〜ぐ忘れられちゃうから相手もいい買い物したとは思わねぇよ。賢い商売とは言えねーな」
「役立たずかよ」
「六眼持ちの無下限呪術使える俺を役立たず呼ばわりすンの、トージくらいだよ」

 ケラケラと笑うガキに悲壮感はない。

「それで? お前の名前はなんて言うンだよ」
「悟」
「それはテメェの弟の名前だろ」
「んー、そうとも言うね」

 指先を眼前で合わせて黙り込むガキ。

「じゃあ俺、自分の名前ねーわ」

 天与呪縛【呪力を持ったものの記憶に残らない】

 術師、非術師問わず、全ての人間には呪力がある。五条悟と同様の能力を持つこの坊は生まれながらに死んでいた。無論、心臓の鼓動が止まっているだとかそういう話ではない。人は二度死ぬというのは有名な話。生命活動が止まった時と、人の記憶から失われた時の二回だ。そういう意味で、坊は常に人に殺されつづけていた。
 ただ一つ、天与呪縛の例外がある。坊は、五条悟として――正確には別人として――認識されている時のみ人の記憶に残ることができる。五条悟として食事をせがみ、五条悟として寝床をもらう。そうすることでこの歳まで生きながらえてきた。そこに新しく追加された例外、それが俺だった。

 兄弟である五条悟になんの天与呪縛はない。それなのに同スペックの坊にはクソ重たい天与呪縛ときた。まるで兄弟二人分、まとめて返済させられているかのように。

「お前、弟が憎くないのか」
「悟? なんで」
「あいつには天与呪縛も何もねぇだろ」

 ポカンと間抜け面を曝した坊は、少し考え込みにやりとその相貌を崩す。

「なァに、トージ。俺のこと心配してんの? やさしーじゃん」

 ちょっとキモイけど。

 ふふふと坊は肩を揺らす。答える様子のない坊に片眉が跳ねる。

「イライラすんなって。……そうだなぁ、別に」

 なんでもないといった調子に嘘をつけと睨みつける。

「ンだよその顔。信じてねーな? ほんとだよ。大マジ。悟はさ、あんなに呪力持ってるくせに会うたび俺の存在を兄弟だって認識してるんだぜ。まぁ、離れたらすぐ忘れちゃうんだけどさ」
「忘れられちゃ意味もねーだろ」
「そうでもない。皆が皆俺を忘れる中で、兄弟がいる気がするって思える悟はすげーよ。高専もさ、誰も俺のこと覚えてねぇから勝手に通ってるんだけど。悟、俺の机置いたままにしてくれたんだぜ。なっ、俺の弟すごいだろ」

 存在する人間の机を置いておく。ただそれだけのことをこんなにも喜べるのはこいつくらいだろう。

「俺ならずっと覚えておいてやるけど、[[rb:雪 > せつ]]」
「……せつ?」

 それ俺の名前?

 いたずらっぽい笑みを引っ込め無垢な子供のように問い返す。

「なんで雪?」
「昨日抱いた女の名前が[[rb:雪 > ゆき]]だった」
「うわ、サイテー」

 嘘だった。昨日抱いた女はアカネという化粧の濃い女だ。五条の坊がいつかこのまま誰も彼もに忘れられ、雪のように消えてしまうのではと思った……なんて。

「言ったら笑われそうだからな」
「トージ、何か言った?」
「なんも言ってねぇよ、雪」

 呼ぶだけでふにゃふにゃと破顔する。安上がりな奴。唇はゆるりと弧を描いた。




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