盛り塩一丁!
4
 結局センパイと俺の恋バナ(笑)では満足しなかったオカマは成仏することがなく、除霊は日を改めることになった。もうそのまま放置でいいんじゃないか。

 帰路。踏切の信号が赤く点滅する。カンカンカンカンという鐘の音にも似た警報音と、ゆっくりと行く手を阻む遮断機。傍には大学生ほどの年齢の青年が立っている。いつもの『フミキリさん』だ。フミキリさんは慣れた手つきで遮断機を軽く持ち上げ、下を潜る。カンカンカンという甲高い音以外、何も聞こえない。ひゅお、と風が吹いた。遮断機の布が風に舞う。フミキリさんは、ふっと線路の先を見た。電車が、近づく。

 カンカンカン。
 甲高い警報音に混じり、カタンカタンと電車の近づく音が聞こえる。徐々に大きくなるその音を、彼は怖がる素振りもなく受け入れる。
 がたん、ごとん。

 青年の体は電車に、

「おいッ!」

 怒鳴り声とともに腕が後ろに引かれる。乱暴なそれに尻餅をつく。座り込んでいるその間も、ガタンゴトンと線路は音を立てて泣きつづける。目は自然と見えない彼の背中を追った。車輪が通る。
 どれくらい時間が経っただろう。そう大した時間ではないはずだ。気がつけば音は消え、遮断機が上がっていた。おいと揺さぶられる肩に、そういえば誰かに腕を引かれたのだと思い出す。

「おい、魚沼。踏切にあんまり近づくな。危ないだろ」
「……わぁお。センパイじゃないですか。さっきぶりですね」

 忠告を無視し、茶化すように手を振り笑うと、センパイは顔を顰める。

「……? なにかあったか」
「いえ、別に。特別なことはありませんよ。残念ながら」

 特別なことなど何もない。いつも通り、フミキリさんは線路に飛び込み自殺をした。踏切へと目をやると、最初と同じようにフミキリさんはそこに立っている。次の電車が来たらまた、線路に立ち入るのだろう。俺の真似をするように、センパイは視線の先、踏切を見る。幽霊か。呟きはやけに確信めいていた。当たり前のように俺の世界を見ようとするセンパイに内心戸惑う。返事をしない俺に、センパイはあれ、と首を傾げた。

「、違ったか」
「……や、合ってますよ」

 そうか、とセンパイは踏切に視線を戻す。前から思ってたけど、なんでこの人は俺の言うことを疑わないんだろう。居心地の悪さに溜息を吐き、立ち上がる。フミキリさんの自殺をもう一度見るのはさすがに避けたかった。
 遮断機の上がった踏切を渡る。慌てたようにセンパイは立ち上がりついてくる。

「大丈夫か、顔色が悪いが」
「……いつものことなんで」
「幽霊は何してたんだ?」

 何気ない問い。予想してしかるべき問いだった。びくりと振り返った俺に、センパイは表情を変える。渡り終えたばかりの踏切を見つめたセンパイは、顔を歪め、ごめんと謝った。

「……なんで謝るんですか」
「酷なことを言わそうとした」
「……ほんとですよ」

 努めて軽い調子を装った声は、思っていたより空騒ぎめいていた。より沈痛な表情になったセンパイに、誤魔化されてはくれなさそうだと諦める。

「電車が来るたびやってんですよ」

 唐突な口切りだったが、何を指したものか理解したらしい。センパイは短い返事を返す。じっと、踏切の向こう側を見つめる。同じように向こう側を見つめるセンパイに目を移すと、センパイは警戒したように身を引いた。一拍遅れ、理解する。

「キスしませんって」
「……おう」
「あんな胸糞、見えない方がいい」
 
 罵るように呟く。見えるから、だろうか。あの踏切はいつも鉄臭かった。あの不快な匂いが分からないのなら、その方がいいに決まっている。

「……除霊できないのか?」
「あれ、を……っ?」

 不自然に語尾が揺れる。不意に込み上げた吐き気に、口元を押さえる。急にその場に座り込んだ俺に、センパイは心配そうに駆け寄った。背を撫でる手に、冷静さを取り戻す。首を振り、もう大丈夫だと立ち上がる。はぁ、と嘆息する頃には、かろうじていつも通りを装うことができた。

「センパイ、今から暇ですか」
「ん? ああ、暇だ、けど」
「俺と寄り道しませんか」

 カンカンカンカン。後ろの方で再び警報音が鳴り出す。ぎぃ。フミキリさんの遮断機を持ち上げる音がか細く耳に届いた。
 




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