盛り塩一丁!
5
 運ばれてきたアイスティーをぐびりと飲む。センパイも目の前のコーヒーに手をつけ、一口。緊張からか潤う気配のない喉に気付く。往生際悪くもう一口飲むと俺はセンパイに向き直った。カランコロン。客が来たのだろう。喫茶店のベルが軽快な音を鳴らす。

「……センパイは、」

 掠れた声。咳払いをし、喉の調子を整える。

「……センパイは、俺が除霊はできないって言ったの、覚えてますか」
「ああ」
「じゃあ、除霊はできるって言ったことは?」
「……人一人を消す方が楽、だったか」

 ご名答。
 いつもであればまばらな拍手でも送っているところだが、無言で頷くまでに止める。茶化すには生憎気力が足りなかった。

「矛盾しているでしょう。結局どっちなんだって思いません?」
「……ああ」
「回りくどい言い方でしたが、あれはある意味両方とも正しいんです」

 センパイの頭の上に疑問符が浮かぶ。応えるようにニコリと笑う。目元が少し引き攣った。鏡で見たら下手くそな笑みを浮かべていることだろう。今ここに鏡はないから自分では分からないけど。

「普通の霊感持ちは、除霊なんてできません。いや、正確に言えば、生きている人間には除霊なんて代物できないんです」
「でも、空き教室のレディや……音楽室の霊を祓ったじゃないか」
「あれは成仏しただけです」

 疑問符の数を増やしたセンパイに、説明が長くなりそうだとアイスティーを啜る。

「センパイ。そもそも除霊って、何だと思いますか」
「彷徨ってる幽霊を、天国に還すこと……じゃ、なさそうだな」
「そうですね、違います。除霊とは、霊の存在を消し去ることです。死んだ霊をもう一度殺す。それを除霊と言います」

 沈黙が落ちる。喫茶店のBGMがやけに耳につく。アイスティーの氷が溶けて崩れ、グラスを鳴らす。
 コーヒーのカップを取ったセンパイは一口飲み、視線を落とす。

「……でも、できないんだろ? 除霊なんて」
「できますよ」
「は、いやでも、」
「そうですね、生きている人間にはできません」

 生者を殺すことができるのは生者であるように、死者を殺せるのも死者だけだ。──本来は。

「でも、俺にはできる」

 テーブルの上で拳を握りしめる。言うのに覚悟なんていらない。諦めと、少しの拒絶。それだけあれば十分だ。へらり、笑うとセンパイの瞳は揺れた。

「俺、幽霊みたいなものなんです」

 アイスティーを飲み干し、荷物をまとめて立ち上がる。

「センパイも流石に俺に近づきたくはなくなったでしょうし、裏風紀とやらもなかったことにしてください」

 じゃあ、と伝票を手に取ると、その手を掴まれる。しかと手首を掴んだセンパイは、座れと目で促した。振り払おうとするも、センパイの手は全く解けない。一向に逸らされない視線に根負けし、席に座り直す。

「悪かった」
「……何がですか」
「俺の無神経で傷つけた。お前は除霊なんて頼まれたくなかったのに」
「はっ、どうします? やめますか?」

 嘲るように笑うと、センパイは傷ついたように目を眇める。出た言葉は、らしくもなく控えめで。

「お前はもう俺と関わりたくないか?」

 驚きに唖然とする。その質問は予想外だった。

「その言い方だと、センパイが俺を好きみたいですね?」

 照れちゃうなあ、とぼやきまじりに揶揄う。

「好きだよ」
「は?」

 今度こそ俺は言葉を失った。

 好き……? す、好き? え、好きって。何言ってんだこの人?
 混乱に思考停止する。何かを言おうとするも、口はパクパクと開閉するだけで言葉を紡がない。戸惑う俺の様子に、センパイはカラリと笑う。

「小生意気で腹立つこともあるけど、お前と話すのは結構楽しいんだ。これまでそう親しくした後輩もいなかったし。なかなか新鮮で悪くない。俺はお前のこと、後輩として結構気に入ってるんだぞ、魚沼」
「後輩として……?」
 
 目元を緩めるセンパイに、そのまま言葉を繰り返す。……後輩として。こうはい、として?
 言葉を理解すると共に体温が上がる。見なくても顔が真っ赤に染まっているのが分かった。

「ややこしいんだよっ」
「な、何が!?」
「うるっせぇ! 一生童貞こじらせてろバカッ!」
「は、はぁ? それで結局裏風紀はどうするんだ」
「腹立つほど切り替え早いな! さっきから風紀風紀って! やってほしいならやってやるわ禿げろ!」

 ふーふーと息を荒げる俺に、噛みつくことなくセンパイは笑う。いつもだったら暴言に何かしら反応を返してくるのに。余裕ありげな表情で、こうして年上だと思い出させるのは卑怯くさい。

「ありがとう」
「〜〜〜〜っ、泣いて喜んでくださいね!」
「ああ。嬉しいよ」
「………、」

 わざと!? わざとか!!? やりこむつもりが天然の口撃で無自覚に反撃され、思わず頭を抱え込んだ。何この人、質が悪い。




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