盛り塩一丁!
3
「風紀室に呼び出されたその女生徒は、俺に言った」

 センパイは少し顎を引く。

 ――千堂くん、まだ気付かないの?

 モノマネだろうか。いつもより高めの声に、思わず顔を見返す。至極真面目な表情を確認した俺は、溜息を吐きセンパイに問う。

「私幽霊なのにってオチですか?」
「人が誰でも幽霊見えると思うなよ」

 返ってきたツッコミの鋭さに笑う。言い得て妙だ。話しかけようと右肩を見た俺は、ああそうだったと臍を噛む。誤魔化すように伸びをし、それでと話を促す。

「……思いつかない」

 渋面をするセンパイに、オカマはぐいぐいと詰め寄る。

『思いつかないって何よっ!? 続きは!? 続きは!?』
「おネェさん、いじめないでやってくださいよ。センパイの丹精込めて考えた妄想なんですから」
「やめろ魚沼。心にくる」

 消化不良といった表情のオカマは、不満そうにベッドに横になる。

『一度妄想語ったなら最後まで語りなさいよねぇ……。じゃあ次、チンピラ』

 えぇと、と頭を巡らせる俺に、『妄想はなしよ』とオカマが条件を付ける。そもそも俺はこのオカマをどうこうしたいと思っていないのに、どうして身を削らなければならないんだろう。理不尽な話だ。

 逃げてしまおうかと扉を見ると、服を引っ張られた。先程自爆したセンパイが、逃がすまいとしているらしい。面倒になり、まぁいいかと腰を据える。

「……俺の初恋の話でもしましょうか」
『きゃあ、初恋!?』
「魚沼も恋なんてするんだな……」
「しますよ人並みに」

 センパイの中で俺はどういう認識をされているのか気になるところだがまぁよしとしよう。

「俺の初恋は、幼稚園の頃でした」

 ミカちゃんという子が幼稚園にいた。甘えたで、すぐに泣いて。さみしがり屋な女の子だった。いつも砂場の近くで悲しそうに皆を見つめるものだから、俺はつい遊ぼうよと話しかけたのだ。ミカちゃんはきょとりと驚いたような顔をして、それからすぐに顔を綻ばせた。初めて見る顔だった。

「砂場で遊ぼうか」

 ミカちゃんは、ためらいがちに、コクリと頷く。泥団子、と砂場に水をかける俺と、隣でそれを見守るミカちゃん。湿った砂を両手に、団子を作る。一向に触ろうとしないミカちゃんに、やらないの、と声をかける。ミカちゃんは、そっと砂場に手を突っ込み、へにゃりと眉を下げた。あ、泣く。

 慌てて立ち上がると、ミカちゃんはびくりと体を揺らす。俺の行動の唐突さに驚いたらしい。すっかり涙の引っ込んだ顔に安心する。ミカちゃん、と声をかけると少しおどおどした表情が返ってくる。

「やめよう、砂場。かくれんぼしようよ」

 俺が鬼やるからさ。

 ね? と促すと、ミカちゃんはパァ、と顔を綻ばせる。かわいいな、と思った。百数えるよ、と言うと、嬉しそうに、跳ねるような足取りで隠れ場所を探しに駆ける。後ろ姿が、太陽の日差しを透かす。光の衣を纏ったようなミカちゃんの姿に、綺麗だと独りごちた。さて、と百秒を数える。もういいかい。……返事はない。

 さて、と園の中を探し回る。ミカちゃんは、どこに隠れたんだろう。

「不思議なことに、いつまで探してもミカちゃんは見つからないんですよ」

 へらり、笑う。

「どこに行っちゃったんでしょうね?」

 あの泣き虫な子が、そんなにも長い時間一人で隠れられる筈などないのに。見つけなきゃ。見つけてあげなくちゃ。いつまで探してもミカちゃんは現れない。大きくなって、理解した。そうか、あの子は幽霊だったのだ。自分もできる遊びに誘われたことが嬉しくて、嬉しくて嬉しくて堪らなくて、そのまま成仏してしまったのだ。

「……これが俺の初恋の話です」

 話を閉じると、オカマはクワッと目を見開く。

『アンタ、誰が怪談話してって言ったのよああ怖い!!』
「あんたも幽霊でしょうに」

 自分も幽霊であるくせに文句を言うオカマに苦笑する。そうか。俺のこれはホラーになるのか。

「割と真面目だったんですけどね」

 嘘くさいのよ。俺の呟きにオカマが噛みつく。不思議とセンパイは黙ったままだった。




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