「災難だな」
喉を鳴らす笑い声が聞こえてきたかと思えば、廊下に立つ仙蔵が腕組みをしていた。
留三郎に走らされていた経緯を見ていたのだろう。
疲労困憊の私を笑っている。
「見てたなら助けてくれよ」
「私を巻き込むな」
まったく、と呟きながら立ち去ろうとして、ああそうだ仲良くしておかなければならなかった。と思い出した。
踵を返して仙蔵のいる廊下へと歩み寄る。
腰掛けると、仙蔵も隣に座った。
まだ息が上がっていた。
汗も滲んでいるが、久しぶりに純粋な運動で流れた汗は気持ちの悪いものではなかった。
「手拭い使うか?」
「うん。ありがとう」
受け取り、顔を拭く。
そうすると幾分か熱も放出された気がした。
「本当に私と同室だったらよかったのにな。まあ見てるぶんには面白いんだが」
「面白がるなよ」
仲良く。
仲良く。
頭の中で仙蔵が喜ぶ会話を打算する。
「本当に、仙蔵と一緒だったらよかったのに」
言うと、仙蔵が驚いたように私を見た気配があった。
一拍おいて、私も仙蔵を見た。
そんな私達を嘲笑うかのように風が吹いて、仙蔵の柔らかな香りを乗せてきた。
偽の笑顔を浮かべ、仙蔵の頬に触れようと手を伸ばしたところでやめる。
寸止めが一番、心に留まるだろうから。
「私も、男であっても仙蔵なら構わない」
嘘だった。
恋愛感情なんて、これっぽっちもないし、殺せと命ぜられたら今すぐにでも仙蔵を殺せる。
全ては仕事のため。命令遂行のためだ。
なのに――。
「…本当か」
仙蔵は頬を真っ赤にした。
目なんて潤んでさえいて、声も震えている。
いつも余裕たっぷりな冷静沈着の仙蔵はそこにはいなくて、ただの15歳の男の子になっていた。
胸の痛みを覚えたのはどうしてだろう。
嘘をつらつらと並べ、仙蔵を騙した自分の胸が鋭い痛みを感じたのはどうしてだろう。
生唾を呑んで、だが奮い立たせた。
これも仕事なのだから、と。
「本当だよ」
「…そうか」
喜んでくれるな。
そんなに嬉しそうに、はにかんで、これ以上、私の胸を抉らないでくれ。
そう思うと、もうその場にはいられなかった。
逃げるように立ち上がる。
「あと少し歩いてくる」
「わかった」
仙蔵の顔を見ずに去ろうとしたのに、腕を掴まれて引っ張られた。
転倒しそうになったけれど床板に手をついてそれを阻止する。
だが唇は仙蔵の唇と重なり合っていた。
耳や顎、首筋を指でなぞられて、不覚にも身体が反応する。
唇を離せば、吐息を感じるほどの距離で仙蔵が言った。
「私が言っているのは、こういうことだが」
半ば自棄になって、今度は私から口付けをする。
しばらく互いの舌を貪ってから仙蔵の唇を甘噛みして、再び距離を取った。
「わかってるよ」
これでいいんだ。
これで――。
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